きょうは松前のお話です
函館から松前まで車だと2時間くらい
定期バスだと途中何度も停車するので、
3時間余りかかるようです。(長いな〜

)
しかもバス便はあまりないので
普通は電車で木古内駅まで行って、
そこからバスで松前まで行くみたいです。
それでも2時間10分ほどかかりますよ。
ところが
ゴールデンウィークの期間には
函館駅から特別直行便が運行するのです。
これがすごく便利なんですね!
午前7時30分に函館駅前のバス案内所で
バスカードを買って、
8時発の
「松前さくら号」に乗って松前へGO!
函館から松前までの道は、ほとんど海沿いを走る228号線です。
この道は
松前街道(福山街道)とも呼ばれていますよ。
ちょうど新政府軍が通った七重浜沖を眺めながら
松前に向かうことにもなります。
函館山の裏側も見えるので、
140年前の戦いのことを自然と想像してしまいます。
「あの裏側に新政府軍が上陸して登って来るんだよね〜。
それで新選組は山を降りてあの辺りの台場に行ってさ〜」
なんて…
松前行きのバスより posted by
(C)ルンちゃん
画面右側が函館山の裏のほうデス^^
この函館山のながめは、昔も今も
そんなに変わらない感じです。
途中木古内駅で休憩を取り、
海を見ながら2時間半余り、松前に到着です
松前奉行所跡近くでバスから降りて、
そこから歩いて搦手門に入ります
さて、松前といえば桜の名所なのですが、
五稜郭では咲いていた
ソメイヨシノが
ここではほとんど散っていました。
松前の方が わずかばかり暖かいということでしょうか?
でも桜木の種類は多くて
これからまだ中咲き、遅咲きの種類が次々咲くそうです。
特に「南殿(なでん)」と呼ばれる桜は
松前を代表する桜でちょうど今(5/4頃)が見ごろですよ。
遅咲きといわれる「関山(かんざん)」や
「普賢象(ふげんぞう)」も既に咲いていました。
松前の桜で有名なのがいくつかありますが、
代表的なのは
光善寺の「血脈桜」です
この桜には伝説があって、
本堂修理のためにこの桜を切ろうとした前夜、
住職の夢枕に女性が立ち、
「私は明日死ぬ身なので、仏になれるように書付(血脈)を下さい」
と懇願したそうです。
住職が明日にしてほしいと言っても聞き入れないので、
念仏を唱えて血脈を与えました。
翌朝、切り倒されようとしている桜を住職が見上げたところ
葉の間に昨夜女性に与えた血脈を見つけ、
昨日の女性は桜の精だったと合点し、
伐採を中止し供養したとのことです。
この桜は推定樹齢が300年以上の「南殿」で、
これを親木にして松前では「南殿」が多数植えられ、
松前の代表的な桜木になったのです。
血脈桜(南殿) posted by
(C)ルンちゃん
松前にはこれ以外にも130種以上の桜があり、
4月上旬から5月下旬まで観桜することができるのです。
ところで、松前といえば土方さんが軍を率いて
やってきたところですよね。
戦の途中自ら兵を率いて裏手にまわり、はしごを使って
城内に入り、背後から松前兵を襲い味方を勝利に導きます。
その城の裏手に桜を見ながら巡ることができます。
「血脈桜」のある光善寺や
戊辰戦争で唯一焼失を逃れた龍雲院も
こちらから行かれます。
白いタンポポのアップ posted by
(C)ルンちゃん
龍雲院の白いタンポポ^^
松前の城下は土方軍と松前藩が戦ったとき
松前藩士が敗退しながら建物に火をかけ、
その為に町の4分の3が焼失することになり
古いものはほとんど残っていません。
それは とても残念なことですね。
松前城 posted by
(C)ルンちゃん
当時の銃弾の跡らしいです
でも桜がきれいで 海も眺められる
ステキな美しいご城下ですから、
機会を作って出かけてみて下さいね。
松前藩屋敷 posted by
(C)ルンちゃん
幕末当時の様子を再現した
松前藩屋敷もあります^^
ちなみに永倉新八も明治以降、
杉村を継いだ時に、数年この地に住んでいますよ。
(今回はその場所には行きませんでしたけど)
この桜の時期は「桜祭り」も開催され
とてもにぎやかです。
昔は城内だった現広場では、
松前の物産の販売もしています。
ウニやらまぐろ丼など食べられるのも
東京もんのルンちゃんには
とっても嬉しかったです
ご朱印 posted by
(C)ルンちゃん
血脈桜のある光善寺と
白いタンポポが咲く龍雲院のご朱印を頂きました
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拙者が今年2月に行った時は。
来年の春、再び函館に行こうかなと考えているのでその時に絶対に松前も行かなきゃと思っています。