2008年5月11日の石田寺は、
想像以上の人の数でしたぁ!!
朝からの雨模様にもかかわらず、10時過ぎから
墓参者が次々石田寺に集まってきます。
結構早くお寺に着いた私は、知人のIさんと早々に列に並び、
函館の話などしていたのですが、
読経の始まる11時前にふと後ろを見てびっくり!
私達の後ろには、例年以上の長蛇の列がっ!!
これはいつもの倍?
いいえ もっとかもしれません。
やはり 土方歳三の命日の5月11日だからなんでしょうか?
土方さんの人気に、いまさらながら驚いてしまいます。
それでもご焼香は滞りなく進み、その後は各自
『土方歳三資料館』に見学に行ったり、
同日開催の日野市の『新選組まつり』に出かけたり、
そのまま次の講演会場に向かったりと様々でした。
私はご一緒したIさんが『新選組のふるさと歴史館』の
特別展に興味をお持ちだったので、
そちらへ足を運びました。
この日は『新選組まつり』の開催もあって、
『ふるさと歴史館』の前にはお神輿もあり、とてもにぎやかでしたよ。
もちろん歴史館の入場者も多かったですね。
午後1時半前に、講演会場の高幡不動尊の信徒会館に着き、
他の知人や友人達と合流。
2年ぶりに友人のKちゃんとも会い、互いに再会に喜びあい、
講演が始まるまでの間 楽しくお話しました
さて時間となり、永倉新八のご子孫による講演会の始まりです。
今回の講師である杉村悦郎氏は
永倉新八のひ孫にあたる方です。
永倉新八は明治4年1月に松前へ来ています。
それは松前藩の藩医だった杉村家の婿養子になったからですが、
なぜ婿養子に? という疑問への悦郎氏の考えから
講演が始まりました。
でもこの疑問の確かな答えは、
実はまだつかめてはいないそうですけど…
話の中では、明治以降の新八のエピソードが
いくつか紹介されました。
例えば、
ビリケン型(先のとがった形)の電球が
孫の頭に突き刺さるといけないからとの配慮なのか
ヤスリを持ってきて先を研ぎ出し電球を壊した話とか
孫達を木馬に乗せて「ウ〜ンウ〜ン」言いながら坂を上った話、
夕餉の支度に新八も一緒になって食器の準備をした話など。
あの新選組の剣豪が!?
と思うくらい、家族の中で普通に生活していた、
永倉新八の人柄を感じることができて面白かったです。
(実際の新八の生活は複雑ですけど…)
それと共に、幕末とは かけ離れた新しい時代に
身を置くようになった(身を置くことができた)永倉新八に
感慨深いものを感じます。
(杉村悦郎氏も同様なことを話されました)
1時間程の公演でしたが、
ご子孫ならではの思いやお話に
なんだか温かい気持ちになりましたよ。
また機会があったら
お話をお聞きしたいですね。
講演会の後は、恒例のご子孫や作家さん紹介、
抽選会と続いて会は終わります。
が、二次会(懇親会)が別会場であるのです。
もちろん こちらも参加です♪
今回は二次会の部屋がふたつに分かれ、
いまひとつ盛り上がりに欠けた気もしますが、
途中 榎本武揚のご子孫の隣に座ることができ、
ちゃっかりサインを頂くことができました。
嬉しい収穫です

また来月は「総司忌」があります。
今回あまりお話できなかった方とは
次回の再会を約束して、会場を後にしたのでした。
永倉新八についてはこちらが詳しいです。
今回の話の一部も載っていますよ
新選組 永倉新八外伝
杉村悦郎著・新人物往来社
その他の永倉新八関連本
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私も行ってきました!
講演会も初めてながらに楽しませて頂きました(^^)
もしや函館五稜郭センター(?)
の紙袋もってました?