日野市立新選組のふるさと歴史館で行われている
特別展「新選組 戊辰戦争のなかで」展の展示品が
一部入れ替わったというので再び見に行ってきました
ちなみに前回の話はこちらです。
⇒
過去記事 「新発見!相馬主計の手記」
前回の記事でご紹介した
土方歳三の手紙と
相馬主計の手記「贈友談話」は
引き続き展示されていましたが、
全体的には薩摩関係資料が目立った感じでした。
その中には今大河ドラマ『篤姫』にも登場している
小松帯刀(肝付尚五郎)の書状もありましたよ。
町田民部宛の書状で
「禁門の変」直前に書かれたものだそうです。
黒田清隆の内閣総理大臣の辞令書など
黒田関連の書簡も多数ありましたので、
薩摩関係に興味のある方には嬉しいかもしれませんね。
そんななかで沖田総司に関する風評がひとつ!
伏見街道で沖田が即死したという話が
巷でささやかれたらしい…
「上書・建白書並び風説書留」に書いてあるのですが、
どこをどう間違えて近藤から沖田、怪我が即死になるのでしょう。
また、そんなものが文面で残っているのも面白いですよね
さて、相馬主計の『贈友談話』ですが、
中身の詳細がやっとわかりました。
新選組のふるさと歴史館で今回の展の詳細が書かれている
「日野市立新選組のふるさと歴史館叢書く 第三輯」が
販売されたのです。
そちらに全ページの写真と翻刻文が載っています。
中身のことを詳しく書くと
「転載禁止」に触れてしまいそうで
あまり多くのことはいえないのですが、
『贈友談話』によっていくつかの不明瞭な部分が
多少なりともわかったと思います。
例えば相馬主計は箱館戦争後に後始末のために
新選組の隊長に選ばれたというわけでもなく、
箱館へ渡る前から、
別隊を率いることができるほど優秀な人物であったこと。
そして、相馬主計だけが新島へ流された理由などです。
反対に疑問がより一層強くなったのは
切腹についてでした。
相馬主計は新島から戻った後、自ら命を絶つのですが、
『贈友談話』には自らの命があることに
喜びと感謝の念すら抱いているのですよね。
それなのになぜ切腹してしまったのでしょうか?
その辺りの疑問を解消すべく、
もっとじっくり読みかえしてみようと思います。
「日野市立新選組のふるさと歴史館叢書く 第三輯」は
新選組ふるさと歴史館で入手できます。
特別展に行く時に確認してみて下さいね。
⇒
日野市立新選組のふるさと歴史館HP
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