2008(平成20)年4月13日
流山にて「勇忌」が行われました
午後1時半。
長流寺にて勇法要の読経が始まります。
ご住職の読経の中、近藤勇ご子孫宮川清蔵氏、
流山市長の焼香から始まり、
ご子孫の方々が次々とご焼香されていきます。
ちなみに今回ご出席されたのは
近藤勇、土方歳三、井上源三郎、佐藤彦五郎、
榎本武揚(箱館政府総裁)
濱口興右衛門(咸臨丸乗組員)
のご子孫の皆様です。
その後に参列者のご焼香が行われ、
30分余りの法要は厳かに進められていきました。
寺の本堂から退出すると、
みなそれぞれ次の会場に向かいます。
商工会議所だった会場が都合により変更され、
本日は福祉会館での講演となりました。
この日は春だというのに冬に逆戻りしたような寒さで、
第1回目と同じ寒い体育館での講演だったら
我慢できないな、どうしようと思ったのですが、
福祉会館の畳敷きの会場は暖かく、
話に集中することができました
2時半。
最初に
天然理心流の演武がありました。
宗家9代目の宮川清蔵氏と
井上源三郎ご子孫井上雅雄氏による理心流の演武。
あの太い木刀を使用しての型の披露です。
若い方の演武もあり、
こちらはスピードと力にあふれた
とても迫力のあるものでした。
また実戦さながらの技の披露は
理心流が戦場において実用的なものだ
ということが実感できます。
演武が終わると
いよいよ土方愛さんの講演です。
土方愛さんは歳三兄より6代目にあたる方です。
今回は、著書「子孫が語る土方歳三」を執筆されてから
今までにご体験された不思議な縁(えにし)について
話されました。
例えば今、土方歳三資料館で
「中里介山の描いた近藤勇像」を展示されていますが、
その絵が土方家に来たいきさつなどのお話です。
ちなみに中里介山とは多摩出身の
あの長編小説『大菩薩峠』を書いた作家です。
近藤や土方も登場しますが、
すごく長いお話なので私はまだ読まずにいます。
でもいつか読んでみたいですね
その絵は介山の友人宅から見つかり、
今は資料館にあるのです。
(資料館訪問の際には是非見たいです)
多摩に生まれた介山にとって
近藤勇は明治政府の言うような逆賊ではなく
ふるさとの英雄なんですよね。
そんな思いが
同じ多摩人の私にも共感できて
胸温まるものがありました。
『大菩薩峠』にも登場する裏宿七兵衛と
新選組隊士であり多摩出身(?)の萬田川蔵との
縁についても、愛さんは不思議なめぐりあわせを
感じていらっしゃいます。(長くなるので割愛しますけど)
ちょっと抽象的なので解かりづらいですけど、
つまりは知らず知らず、なにかしら
引き寄せられる事柄がいくつかあって、
後で考えてみるとそれらがすべてつながっていたという、
「縁」のお話なのです。
そういうことって
身近で体験することありませんか?
私はありますよ〜。
特に新選組については結構頻繁にありますね
さて、最近
そんな縁にまつわって
驚くような発見があったのですよ!
その話は井上源三郎のご子孫
井上雅雄氏からありました。
実は今までその場所が不明だった
井上源三郎の首級の埋葬地がほぼ断定できたのです!
この情報を私は3月に入手して、
井上氏からもお話を伺い確認していたのですが、
まだ新聞等の公表がされていなかったので、
こちらでのお話は控えさせて頂きました。
でも先日新聞でも発表され、昨日はご本人からのお話もあり、
「井上源三郎資料館」の新設されたHPでも、
詳細が公開されましたので、
やっとお伝えすることができます
詳細については、新聞記事と
当事者の方々のホームページ・ブログにてご確認下さいね。
⇒
東京新聞関連記事
⇒
井上源三郎資料館HP
⇒
土方歳三資料館日記
⇒
日野宿本陣文書検討会
今年も勇忌の法要から
関東地区の新選組行事が始まったわけですが、
近藤・沖田・井上永眠の年から140年、
戊辰戦争・会津戦争から140年というこの節目の年には、
まだまだ一言で語ることができない
縁(えにし)がたくさんありそうな予感です
「勇忌」二次会でもご子孫の方のお話を聞いたり、
新ネタの話が出たりしたのですが(こちらでも縁の話が頻繁に出ました)
まだ出せない事柄もあるので、こちらはまたの機会に…^^
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お疲れさまでした。
流山と勝沼は今年の夏に行く予定でいます。