多摩の史跡案内
〜その19〜
桂福寺(天然理心流二代の墓)
車の往来がはげしい国道16号から滝山街道に入ると、
幾分のどかな風景が感じられ、少しホッとします。
その道をしばらく車を走らせると、
桂福寺の文字が見えてきます。
山門に至る小道からは鮮やかな朱色が見え、
それが青空に映えてとても美しい光景です。
桂福寺山門 posted by
(C)ルンちゃん
八王子の重要文化財です
桂福寺は1625(寛永2)年
八王子第18代代官 福村長右ヱ門の開基、
そして弟の奪山正與大和尚(川越市渋井 連光寺)開山のお寺です。
境内西側にあった庵の名「桂堂」の“桂”の字と
福村の“福”の字を取って『桂福寺』と名付けた
という古老の口伝が残っています。
この朱色の山門は
1823(文政6)年に建てられたもので
木造欅造りです。
見上げた屋根は茅葺きで素朴ではありますが、
それでいて重厚な雰囲気をも感じさせます。
山門を入った左手には
天然理心流宗家二代目
近藤三助の顕彰碑が建っています。
またその隣には戸吹で天然理心流の道場を構えていた
松崎和多五郎の顕彰碑もあります。
どちらも門人が建てたもので、
戸吹での
天然理心流の盛況さが感じられますよね
三助、和多五郎顕彰碑 posted by
(C)ルンちゃん
本堂左、集会所の渡り廊下をくぐると
屋根の下に三基の墓を見ることができます。
これが天然理心流宗家初代・二代の墓です。
近藤内蔵之助、三助の墓 posted by
(C)ルンちゃん
右から初代近藤内蔵之助、
中央は昭和44年に建てた初代・二代の合同基。
左は二代近藤(坂本)三助。
そのうち右と左の墓は、もとは
坂本家実家の屋敷墓地に建てられていました。
しかし明治初期、
宗家四代目である
近藤勇の縁者として
処罰されるのを恐れ、二基とも
土中に埋められてしまったのです。
特に三助の墓石は大きかったためか
粉々にくだかれしまったようです
その後昭和45年に発掘され、
粉々の墓は修復されて
現在の場所に移されました。
今でもはっきりとわかる
修復の痕は痛々しいものですが、
当時の人々の心情が察せられる
貴重なものとなっています。
天然理心流関連のものが
こうして集中して見学できる場所は
そう多くはありません。
その点では、やはり
近藤三助の出身地である戸吹の地は、
天然理心流にとって特別な場所だと
いえるのでしょう。
治龍山桂福寺
東京都八王子市戸吹町193
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すごいなぁ
それでもちゃんと立て直された、というのが感動的です。
やっぱり東京はまた行かなくちゃ!
あ、リンクの方法、ありがとうございました(^^)
やってみますね〜!