昨日「鎌倉街道」ウォーキングに行ってきました
昨日のコースは6月に歩くはずだった所ですが、
ちょうど「総司忌」があったのでお休みした部分です。
その歩いたコースの中に
「増上寺」と「泉岳寺」が入っていましたよ。
ちょうど今週14日は
「赤穂浪士討ち入りの日」
なんて絶妙な時期なのでしょう!
6月に行くより 今回歩いたほうが
正解ですよね(ラッキー♪)
そう思いながら二つを楽しみに
12キロ(3里)を歩きました^^
さて、
増上寺といえば
徳川家ゆかりのお寺です。
先日の「大徳川展」でも
こちらのお宝がいくつも展示されていました。
「空蝉の袈裟」も確かこちらにあったはずです。
もちろんお宝なので、
一般公開はされていませんが、
なんとなく親しみを持ってしまうお寺です。
本堂の阿弥陀様も
お顔を拝見しているだけで
とても心が和みます。
そしてこちらには、
家茂様と和宮様の霊廟があるのですよ。
霊廟近くへは年3回しか入れないので、
霊廟門までの訪問でしたが、
展の興奮さめやらずのルンちゃんには、
感慨深いものがありました。
今度は門の開いているという
1・5・9月の15日に尋ねたいと
切に思いましたよ。

増上寺からの東京タワー
泉岳寺はやはり墓参者が多かったです。
ホールでイベントも開かれていたようですしね。
墓前はお線香の煙がすごくて
前が見えにくいほどでした^^;
でも 私もお線香をあげてきました
「こちらは大石内蔵助さん、主税さん、堀部安兵衛さんね…」
などと、ひとりひとり確認してお線香を供えながら
手をあわせました。
ところで、赤穂浪士といえば
武士の鑑(かがみ)
新選組もいろいろお手本にしていますよね。
あのダンダラ羽織はもちろん
赤穂浪士のダンダラを真似したものです。
←でもお芝居の忠臣蔵のほう
(近藤さんあたりが言い出しそう)
それと浅葱色も
赤穂浪士の切腹裃の色から
取っているらしいです。
←この辺は曖昧ですが^^;
昨日の朝、TVの「目がテン」を
たまたま見ていたら
「赤穂浪士」がテーマでした。
年配者の多い「四十七士」が
確実に相手を倒す手段として
「一向二裏」という戦法を
使っていたという話をしていましたよ。
「一向二裏」とは
ひとりが敵の正面から立ち向かっているとき
ふたりが相手の後ろにまわって
不意をついて相手を倒すという方法だそうです。
山鹿流兵法にあるらしいです。
あれ? これって?
新選組が似たような方法を
使っていませんでしたっけ?
浪士の捕縛の際、ひとりの浪士に
複数の隊士が向かっていくあの戦法。
もしやこれも
赤穂浪士を参考にしたのでしょうか?
そのあたりはわかりませんが、
新選組はやっぱり赤穂浪士が
好きだったでしょうね。
でも新選組に限らず、
赤穂浪士が好きだという方は
たくさんいると思います。
あの煙モクモクのなかで、
次々訪れる墓参者を見ていると
昔も今も変わらないなぁと
しみじみ実感することが出来るのです
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いいですねぇ(^^)
年に3回ですか〜。総司忌と一緒に行ければいいけど、かぶっちゃいそうですね。
兵法は近藤さんは勉強家だし、知っていたかもしれないし、参考にしたかもしれませんね。
その言いだしっぺは土方さんっぽいけど(笑)
理心流にもあるかもしれないですね。