多摩人(たまびと)漫遊記 〜新選組のチョッと話〜


人生大半を新選組に費やす筆者が、史跡巡りや新選組で得た様々な事柄を綴る。他趣味の旅やペット達を紹介。
Profile ルンちゃんです♪

(写真=幕府のイヌ?)
新選組大好き歴が永〜いだけの私ですが、どうぞいっしょにお話しましょう! 相互リンクもOKです!



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「八王子の天然理心流展」開催中!

先日、日野市の新選組展のことをお話しましたが、

実はおとなりの八王子市でも今月26日から

興味ある特別展が始まりました




「八王子の天然理心流
 ー受け継がれた剣術・柔術・棒術ー」


2月26日(火)〜3月30日(日)



八王子市郷土資料館の特別展ですよ〜





天然理心流といえば

近藤勇が宗家の四代目として有名ですよね。





チョッとご説明しますと…




天然理心流は幕末から明治にかけて

多摩地方や相模を中心に広まった流派です。




剣術以外にも柔術・棒術・(気合術)など

総合の武術でありました。





開祖は遠江出身といわれる近藤内蔵之助長裕で、

寛政年間(1789〜1801)の初めごろに

創始したらしいです。





内蔵之助は住まいとしていた薬研堀(中央区)から

八王子などにやってきて、

天然理心流を広めようと努めていたようです。





そこで坂本三助という優秀な弟子を見出し

二代目を継がせます





三助が二代目となると

八王子周辺の村々から一気に門弟が増え、

そこからまた優秀な門弟達が誕生しました。







盛況にみえた天然理心流ですが、

ある日三助が急死してしまいます。





あまりに急だった為 跡目が決まらず、

三代目はしばらく空席になるのですが、

その後勇の養父となる島崎周助が受け継ぐことになります。

なぜ周助に決まったのかは不明のようですけどね…^^;





でもそのときには既に天然理心流は

幾つかの系統に別れていたみたいです。

(各々で道場を開いていたから)




周助らが活動していたのは主に調布や日野、町田。

別な系統は主に八王子を活動の場としていました。

(他のエリアもあるようですけど)





お互いに自分たちの活動圏を

冒さないようにしていたみたいなので、

話し合いなどがあったのかもしれません。





ところで天然理心流には気合術というものもあって、

それをかけられると身動きができなくなる


というすさまじさです





三助はこの気合術を内蔵之助から直伝で伝授されます。

しかし、彼は急死してしまうので誰にも伝えることはなく、

それは彼の死とともに消えてしまいました。





ですから今回の展の題名も

「ー受け継がれた剣術・柔術・棒術ー」
なんですね。





そんなわけで

イモ流派なんて思われている天然理心流ですけど

多摩地域では有名な流派なのです。






箱館戦争の時、

蝦夷共和国で箱館奉行並だった中嶋三郎助

実は天然理心流の門下生だったという話は

知らない方も多いみたいですけどねっ!




さて今回の特別展は八王子なので、たぶん

同地域で活動していた増田蔵六関連の資料が

多く展示されると予想されます。




実はこの八王子郷土資料館には

今までにも天然理心流関係の資料が展示されていました。

その際も増田蔵六の資料でしたよ。




でも今回は資料館の方でも力を入れているようで、

市の広報紙で関連資料を一般募集したり、

学芸員が関係者の家を訪問して集めてきた
ということで

結構珍しい資料が見学できそうなんです♪





それに天然理心流は

八王子千人同心たちも稽古に励んでいたので、

そちら方面からも新資料が出展されると嬉しいですね。





近日中に見学するつもりですので、

またレポートにしたいと思います





詳細はこちらです。

八王子市郷土資料館は八王子駅からは少し離れていますので、

交通ルートをお確かめの上おでかけ下さい^^

八王子市役所HP
→ 八王子郷土資料館

→ 郷土資料館特別展





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[新選組インフォメーション] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2008/02/28/10:24][ ↑ ][ ↓ ]

  • 凍鉄の花(こおてつのはな)

    「北走新選組」というコミックは

    私のお気に入りの新選組コミックの1冊です。

    以前にもご紹介しましたよね♪

    → 過去記事 『北走新選組』




    その作者、菅野 文先生には

    実はもう1冊 新選組コミックがあるのです



    凍鉄の花(こおてつのはな)
    菅野 文/白泉社







    「北走新選組」が近藤と別れてからの

    土方が描かれているとすると、





    「凍鉄の花」は歳三の多摩時代、

    そして京都時代がメインに描かれています。





    ですから「北走…」には登場しなかった

    沖田総司が出てきます。





    私がいつものように

    「沖田さん」と親しげに書かないのは、

    この沖田が土方さんと敵対しているから。






    異色の沖田なのですっ






    「北走…」の時にも感じたのですが、

    筆者はかなり新選組を理解されている方ですよね。

    そうじゃなければこんな描写で

    普通描かないよなって思うところが沢山あります。





    例えばこのお話

    「沖田勝次郎」「沖田総司」「大伝馬町」

    「お琴」「芹沢鴨」


    がキーワードになります





    新選組を知っている方なら

    これらのキーワードを見れば

    その関連する話が思い浮かぶと思いますけど。





    それが全部今までにない設定で

    あなたの思いはことごとく破壊されます(笑)





    しかもそれぞれがうまい場面展開で

    自然とつながってくるから心憎いですよね!





    さすがに「土方と沖田が敵対する」という

    かなり無理な設定には、筆者自身も苦労されたようですけど、

    (私も実は少なからず抵抗がありました)

    まあ最後がうまく終わっていたから良いかなっとも…^^;





    菅野先生は「北走新選組」と「凍鉄の花」は

    別次元の新選組として読んで下さいって話されていますが、



     「凍鉄…」   「北走…」
       ↓       ↓

    多摩時代の歳三と、箱館時代の

    「隊士たちに赤子が母を慕うがごとく慕われる」

    歳三はやはりダブってみえます。




    多摩時代には、

    あんなに心やさしく感受性の豊かだった青年が、

    どうして「鬼」へと変貌できたのか?






    ぜひ菅野ワールドの新選組に触れて

    歳三のその理由を確かめてみて下さい






    凍鉄の花(こおてつのはな)
    菅野 文/白泉社




    その他の新選組コミック






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    [新選組のコミック本] [トラックバック:0][コメント:8]
  • [2008/02/26/12:38][ ↑ ][ ↓ ]

  • 山南敬助 切腹の日

    新選組版「今日は何の日」です。



    1865(元治2)年 2月23日





    この日、新選組総長 山南敬助が

    壬生の前川邸で切腹しました。






    子母沢 寛著 『新選組始末記』を題材にした

    ドラマなどでもおなじみの話ですね。

    永倉新八著の 『新撰組顛末記』も含めてその話を要約すると。。。



    その頃、近藤は副長の土方の考えを重視し、

    総長である山南をなにかと疎んじていました。




    もともと勤王思想であった山南は

    新選組のあり方に疑問を持つようになっていました。





    何事にも反対を唱える山南に

    近藤もいちいちその意見を受け入れることが

    できなくなっていたのです。




    その頃新しく江戸からやって来た伊東甲子太郎は

    勤王攘夷派で二人は意気投合し、

    山南は彼の論に次第に心酔していくようになりました。





    それをまた近藤はよくは思わず。。。





    山南には機会があれば脱退して勤王運動に尽くそう

    という伊東との暗黙の了解があり、

    何かのきっかけでそれが行動に移されたようです。





    一説にはちょうど隊士が増え、手狭になった壬生屯所から

    西本願寺へ移転する話が浮上し、またも反対する

    山南の意見を受け入れようとしない近藤に対して、




    「こんな局長とは行動を共にできない!!」




    と脱走、沖田総司が大津に行って連れ戻した

    とあります。





    壬生に戻った山南を伊東と永倉が訪ね

    再び脱走をすすめますが、

    山南は壬生に戻ったときからすでに覚悟を決め

    真摯に沙汰を受け入れ、幹部達との水杯の後

    沖田の介錯で見事に果てたということです。








    とても有名な話ですが、

    実は事の真相は はっきりとわかっていません。






    最近の研究では

    元治元年1月に山南は命にかかわる事件に遭遇し

    その後、通常の隊務にもつけない有様になったともいいます。





    それが原因で池田屋事件にも参加できず、

    日を追うごとに諸々の出来事がつのり、

    何かのきっかけで脱走、または脱走扱いにされ

    切腹に至ったという説もあります。

    (参考/菊地 明著 『沖田総司伝私記』






    どちらにしても想像の域は出ないようです。

    しかし2月23日に山南が切腹し

    光縁寺に埋葬されたことは事実です。






    2月23日。





    この日は奇しくも

    「浪士隊が江戸から期待を抱いて上洛し、京へ到着した」

    という彼らにとっては特別な日でもありました。





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    [新選組版「今日は何の日」] [トラックバック:0][コメント:10]
  • [2008/02/23/11:18][ ↑ ][ ↓ ]

  • 牛革草のタネ

    牛革草のタネです。


    ひとつの花にひとつのタネ。




    別名『ミゾソバ』の名前のように

    蕎麦の実に似た形で、

    なんとなく三角パックの牛乳(テトラパックというらしい)の形にも

    似ています。




    牛革草のタネ
    牛革草のタネ posted by (C)ルンちゃん

    071010
    071010 posted by (C)ルンちゃん


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    [ペット&植物] [トラックバック:0][コメント:0]
  • [2008/02/22/16:44][ ↑ ][ ↓ ]

  • 西洋流砲術演武レポート

    平成20年2月17日(日)、日野市で行われた

    「西洋流砲術演武」
    の見学に行ってきました





    日本で最初の洋式砲術調練は1842(天保12)年、

    現在の板橋区高島平である「徳丸原」で行われました。

    高島四郎太夫秋帆が日本での開祖です。





    演武を行った「西洋流火術鉄砲保存会」は

    その高島平で7年前に発足した会で、

    今回11名程が参加されていました。





    幕末期、国内外の情勢から海防強化や治安維持の目的で

    幕府代官江川太郎左衛門は農兵隊の創設を幕府に願い出ていました。

    でもすぐには許可されず、次の代でやっと承諾されました。

    それは1861(文久3)年のことです。





    日野宿で調練がされたのは1865(慶応元)年2月21日。

    その前年に農兵隊の幹部が代官屋敷で教育調練を受けていましたが、

    実際に日野で調練が行われるまでには

    初めての洋式調練から22年の月日が経っています。





    この日野宿農兵隊はかなり活躍していて、武州一揆では

    自分たちの土地を打ちこわしから守るために

    拝島から来た暴動群を多摩川でくいとめたり、

    八王子の強盗をやっつけたりしています





    甲陽鎮撫隊が甲州に赴いた際にも一部の隊士が

    鎮撫隊に加わっていました。

    そのため、新政府軍が日野宿にやってきた時

    捜査の手が入り、佐藤彦五郎一家はちりじりになるのです。





    こんな感じで、西洋流砲術と日野は

    少なからず縁があるわけですね!






    さて当日の演武はPM1:30からと聞いていたので

    1:00頃に行ってみると、人はまだほとんどいませんでした。

    でも、しばらくすると太鼓とほら貝の音とともに

    新選組に扮した人々や砲術隊の一団が行進しつつ登場。





    その頃から見学の人が集まり出しました。




    公園外を1周し会場に入ってきたのは

    20人くらいの一団です。





    最初新選組と浪士の殺陣のパフォーマンスがあり、

    その後にいよいよ砲術の実演です。





    今回は火縄銃の演武らしく、

    会場に入った演者たちは火縄に火をつけ始めました。




    赤い火縄
    はとても印象的でしたけど、

    ライターで付けていたのがなんとなく可笑しかったですよ




    縄は輪っかにして左手首に通しています。

    巻きつけているという感じでしょうか。




    次に筒内の掃除(写真参照)

    そして火薬の挿入です。




    タバコよりも若干太くて短い筒型のケースに

    火薬が入っているようで、それを

    肩からかけているポーチバッグみたいなものから取り出して

    本体に挿入しています(写真参照)




    たぶんその後に弾込め作業があるのでしょうが、

    演武なのでそこは省かれ(つまり空砲)、いよいよ実演です

    合図と共にまずは祝砲で1発!



     
    パンッ!





    わかっていたにもかかわらず、

    その音にちょっとびっくりしてしまいました

    公園内にいたハトもその音に飛び立っていく始末。





    その後は数回の連打です。

    このときはもう音には慣れましたけど

    火薬のニオイが漂っていました。





    合図と共に次々発射されていきます。

    銃術も一種の武道でしょうか?

    こういったものにもきちんと作法があるのですね。





    打ってから次の打ち方までの時間は

    思ったよりは早かったですけど、

    あれが実戦だったらやはり時間がかかって

    大変だな〜と思いました。





    演武は15分くらいで終わったでしょうか。

    あっという間でしたが、身近に見ることができて

    とてもいい体験ができましたよ





    今回見学者は思ったよりも少なく(100人もいない)

    ゆったりと見れましたけど、もっと銃砲についての

    詳しい解説や、できれば歴史館での

    銃砲の講習会などもして欲しかったですね。




    そんな希望も込めて、また再び

    砲術演武の実演を願っています






    ※ブログの写真容量が一杯になってしまったようなので、
     今回は「フォト蔵」を使っての写真アップです^^
     スライドショーでお楽しみ下さい♪




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    [『特別展』レポート] [トラックバック:0][コメント:4]
  • [2008/02/19/11:00][ ↑ ][ ↓ ]

  • 歴史のスゴイ人の子孫 MAPって?

    昨日夕方、偶然テレビをつけてみたら

    画面に佐藤彦五郎(歳三義兄)のご子孫が現れたのでびっくり!




    なんで〜?!




    と思って確認したら

    何かの番組の予告だったのですね。




    それで録画セットして 番組を見ることにしました




    テレビ朝日
    大胆MAP
    「歴史のスゴイ人の子孫&
     ジャングルのスゴイ動物に会えちゃうぞ!
     頭のよくなるMAP2時間スペシャル」





    番組前半は、その偉人のご子孫が登場して

    ご先祖様についてのエピソードとかをチラリと話して

    「さて、ご先祖はだれでしょう?」みたいな内容でした。





    最初にね、そのご先祖のシルエットが出てくるのですが、

    知っている人が見ればその時点で誰か

    すぐわかってしまいます





    土方さんなんかすぐですよ!


    龍馬や勝海舟、野口英世もああして見ると

    特徴ありますよね。





    「やられた〜」と思ったのは近藤勇。

    あの写真のシルエットではまったくわかりませんでした
    (ご子孫登場でわかりましたけど)




    ご先祖様当てのヒントのところでは、土方さんの場合

    ・かなり女性にモテた

    ・音楽にも精通していた

    ・薬の行商をしていた


    みたいな話がありました。

    エピソードは「ラブレターの束を親戚に送った」という話。





    近藤先生は

    ・農家出身ながら幼い頃から剣術をしていた

    ・ゲンコツが口の中に入った


    というのがヒントでした。

    「親分肌のスケールの大きな人」
    って

    紹介されていたのが、なんだか嬉しいですね。





    他にもいろいろな時代の偉人のご子孫が登場しましたが、

    個人的に興味を持ったのは、フランシスコ・ザビエルのご子孫です。




    数ヶ月前、チョッと理由あって、フランシスコ・ザビエルについて

    (というかトンスラについて)←頭のてっぺんの剃りこみのこと^^

    調べていたことがあって

    自分の中ではタイムリーな人物だったのです。





    ザビエルは日本から出国したと聞いていたので

    そのご子孫が日本にいたことは意外でした。





    この方はザビエルの兄のご子孫だそうですが、

    聖職についていらして、思うところあって来日、

    帰化されたそうです。





    しかもこの方がキリスト教信者以外の

    結婚式を受け入れるようになって、

    誰もが今のようなウエディングドレスを着ての

    結婚式ができるようになったそうです。





    歴史って自分の中では遠いもので、

    隔たりがあるように思いますけど、

    本当はずーっとつながっているんですよね。




    こんな話を聞くと決まってそのことを再認識して

    ひそかに感動してしまいます





    他にどんな偉人が登場したかはテレビ朝日のホームページにあります。

    あまり詳しく載っていないのが残念ですが、

    よかったらご確認下さいね。


    テレビ朝日
    大胆MAP
    「歴史のスゴイ人の子孫&
     ジャングルのスゴイ動物に会えちゃうぞ!
     頭のよくなるMAP2時間スペシャル」

    ※バックナンバー(2/17放送分)を見て下さいね




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    [新選組以外のTVの話] [トラックバック:0][コメント:5]
  • [2008/02/18/12:26][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新発見! 相馬主計の手記

    先日こちらでも告知した

    日野市立新選組のふるさと歴史館の特別展

    「新選組 戊辰戦争のなかで」にきのう行ってまいりました




    その前日、土方歳三の小説を1冊読み込んでいた私は

    妙にテンションを上げたまま展へ突入!




    今もまだ興奮冷めやらぬといった

    なんとなく足が地に着いていないような

    ヘンな感覚があるのですが。。。




    それはさておき。




    「新選組 戊辰戦争のなかで」展


    題名の通り、戊辰戦争以降の新選組関連史料が

    多数展示されています。





    すごく簡単にまとめると

    鳥羽伏見戦・甲陽鎮撫隊・五兵衛新田・

    会津戦争・箱館戦争などの関連史料です。





    他には日野宿農兵隊の史料、

    新徴組の史料といったところでしょうか。





    中には以前見たことのある「伏見鳥羽戦争図」草稿や

    五兵衛新田 金子家写真、それから今回はじめてみる

    横倉喜三次が近藤を介錯した刀の写真もありました。




    でも私が興味を持ったのは別のふたつ! ←つい力が入ります!

    もうこれだけでも行った甲斐がありましたよ〜。





    ひとつは「内藤・小原宛 土方歳三の書状」です。




    彼の書状はいくつかありますが、

    これは慶応4年8月21日の夜に書かれたものです。

    8月21日といえば土方さんが会津の母成峠にいる時ですよね!





    彼は戦況を見て、新政府軍が22日には猪苗代、

    果ては会津城下まで入ってくることを察し

    書面で進言しています。





    実際新政府軍は22日に猪苗代を攻め、

    その勢いで城下へ突入、

    23日には会津最大の激戦になっています。




    その切迫した様子が書面から感じ取れるのです。
    (短い文ですけど)




    しかもこの手紙、土方さんが書いた書状のうち

    現存確認できる最後の手紙だそうですよ。

    私が興奮してしまう理由わかってもらえますか。





    そしてもうひとつが相馬主計の手記 「贈友談話」です。

    新発見の史料ですよ!




    こんなものが残っていたなんて

    びっくりですよね。


    ※相馬主計さんについては以前に紹介した
     「北走新選組」の記事にあるのでそちらをご覧下さい。

    → 過去記事
     北走新選組



    「贈友談話」は原稿用紙を半分に折ったものが

    何枚か束ねてあります。

    展示で見られるのは最初の半ページのみです。




    相馬さんについては謎の部分があって、

    すごく気になっていたので解説員さんに

    「贈友談話」の出所とその内容を尋ねてみました。




    でも出所は教えて貰えませんでしたね
    (やっぱりね〜。でも気になる〜^^;)



    内容の方は現在調べているらしくて

    近日中に活字にして史料公開するらしいです。




    販売されたらすぐ確認したいです。

    それまでは気になりますが待つしかなさそうですね。




    というわけで今回の展も楽しませて頂きました。

    3月25日以降展示史料の内容が変わるそうなので、

    そのときも見に行くつもりです




    江戸に帰ってからの新選組については

    知らない方も多いと思うので、

    近隣の方は是非ご覧になって欲しいですね。




    もちろん遠方の方も機会を作ってどうぞ^^




    ちなみに来週は西洋流砲術演武があります。

    「お友達をお誘い下さいね」って

    チラシをいっぱい貰ってしまったので

    ついでながら宣伝しておきますね。

    → 詳細はこちらです





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    [『特別展』レポート] [トラックバック:0][コメント:11]
  • [2008/02/12/12:24][ ↑ ][ ↓ ]

  • 浪士組、江戸出発の日

    新選組版 今日は何の日です。




    1863(文久3)年。




    250年ぶりに将軍(家茂)が京へ上るにあたり、

    テロが横行する京の治安が深刻な問題となっていました。





    その問題を解決すべく幕府がたてた方策は

    「浪士には浪士をもって対処する」
    というもの。





    つまり

    江戸の周辺にいる浪士を集めて京へ送り込み、

    洛中の浪士を取り締まらせよう


    としたのです。






    この方法なら

    江戸から不逞浪士がいなくなるし、

    京都の浪士も一掃できるし、

    しかも自分達の家臣にも被害者がでないという

    一石三鳥の良策と考えたわけです






    とはいうものの集まったやからは

    着物もボロボロで月代の伸びた奴や

    坊主頭の者、はては博徒ふぜいの者まで、

    思った以上のとんでもない者たちがやってきました





    この中に我等が試衛館一派もいたのですが。。。





    しかも集まった人数は

    当初考えていた50人よりも多くおよそ300人!





    それを知った浪士取締役の松平主税介は

    これ以上の責任が取れないことを理由に辞任。

    代わりに鵜殿鳩翁が取締役になりました。





    鵜殿は1人50両の支給を大幅に削減し、

    2月5日に道中心得を渡し編成表を発表したのです。





    かくして1863(文久3)年2月8日

    小石川伝通院大信寮に終結した浪士組は

    京に向けて江戸を旅立ちました。






    この集団は目立つ東海道を避けて

    中山道をひたすら西へ歩き続けますが、

    道中各宿場の人たちはいったいどんな目で

    彼らを見ていたのでしょうね。




    きっと異様な集団に

    怪訝な顔をしていたことと思いますが、

    試衛館の人々はこれからの自分達の明日に

    使命感と期待を膨らませながら

    京に向けて進んでいたことでしょう




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  • [2008/02/08/12:34][ ↑ ][ ↓ ]

  • 空の上から史跡めぐり

    今年の関東地方は雪がよく降ります。

    今週だけで2回もですよ。

    東京にしてはめずらしいことなんです。





    この前の日曜日も大雪だったんですけど、

    じつはルンちゃんは雪中行軍してました。

    『朝比奈の切通し(鎌倉街道の山の中)』を歩いていたのです。





    こんな場所です。雪のある風景をイメージして下さいね。

    → 朝比奈の切り通し





    歩いている最中は、箱館に上陸した榎本軍が

    雪中行軍していた様子をイメージしていました。





    完全防備だったし、雪もそれほど多くないので

    かの状況に比べればすごくラクなんですけどね。

    でも靴の中は完全にびしょぬれで

    じっとしているとどんどん体が冷えてきました。





    めったにない体験なので

    1回位は楽しいかもしれませんが、 ←実は以前にもやったことがあったけど^^;

    やっぱり史跡めぐりは春以降のほうがいいですよね!




    そんなわけで、今の私はもっぱら

    空の上から史跡めぐりをしています





    ん〜 空というより宇宙かな(笑)




    「空からの史跡めぐり」の正体はこちらですよ

    → Google Earth





    Google Earthっていうのは、

    衛星航空写真や地形などを組み合わせてできた

    地図みたいなものなんですけど、

    Google のソフトウェアで無料でダウンロードできます。





    起動するとね、最初に地球が出てくるんですよ〜




    そこから好きな場所に手動でズームするのですが、

    その作業がなんだか自分がグローバルな存在になったような

    不思議な気分になるのです。





    もっと簡単に、好きな住所を入力検索して

    ズームさせたりもできますよ





    いろいろなことに使えるソフトですが、

    私は史跡めぐりに使っています。

    お寺の配置とか駐車場の位置の確認なのですが、

    使ってみると結構面白いですよ。




    おすすめは

    地球→日本→北海道→函館→五稜郭


    を手動でズームしていくこと




    だんだん星型が見えてきて

    とても美しいのです〜




    この寒い季節、暖かな部屋で楽しめる史跡めぐりです




    ちなみに「Google Earth」っていう位ですから、

    地球規模で史跡めぐりができます。

    別に史跡めぐりに使わなくてもいいですけどね(笑)




    興味のある方は

    地球上を行ったりきたりしてみて下さいね♪





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  • [2008/02/07/11:24][ ↑ ][ ↓ ]

  • 龍源寺 〜近藤勇の墓〜

    多摩の史跡案内  〜その18〜

                龍源寺(近藤勇の墓)
       



    のどかな風景が残る三鷹市大沢。

    近くに流れる野川は今も蛍が飛び交うとか…




    その穏やかな小川を超え しばらく歩くと

    近藤勇の墓のある龍源寺にたどり着きます。





    まず山門左手に近藤勇の像が出迎えてくれます。誠


    その姿に妙に懐かしさを感じるのは

    私だけでしょうか…





    この龍源寺は1644(正保元)年に大沢村を開いた

    箕輪将監(みのわしょうげん)が開基し、

    府中高安寺第四世家山東伝が開創したお寺です。





    長年箕輪家の菩提寺でありました。





    本堂に向かって左側には竹林があり、

    風に吹かれてやさしい音をかなで

    訪問者の心をなごませます。





    そして竹林の音を聞きながら墓地へと進むと

    すぐ右側に近藤勇の墓所があるのです。





    子母沢寛著『新選組始末記』『新選組遺聞』などによれば

    勇の甥(後、娘瓊子の夫)の勇五郎が

    たまたま江戸に用事で出かけた際、

    近藤勇の処刑に遭遇したようです。





    処刑の一部始終を見た勇五郎は

    すぐさま上石原の宮川家に立ち帰り、

    その様子を家人に伝えました。

    みな声をあげて泣いたといいます。





    数日後、彼らは人夫をやとい

    処刑場の番人に金を渡し、

    近藤の首のない遺体を掘り起こして

    この龍源寺まで運び葬りました。





    境内には樹齢300年といわれる対の銀杏があります。

    勇の遺体が運ばれたときもこの銀杏は

    その光景を静かに見守っていたことでしょう。





    勇の墓所からすぐ近くの区画には

    宮川家の墓所があり、京都天満屋事件で討ち死にした

    勇の甥、宮川信吉の墓もあります。





    曹洞宗大沢山龍源寺
    東京都三鷹市大沢6−3−11





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  • [2008/02/05/11:13][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「新選組 戊辰戦争のなかで」展


    日野市新選組のふるさと歴史館で

    みたび新選組展が開催されます




    第三回特別展『新選組 戊辰戦争のなかで』

    平成20年2月2日(土)〜5月18日(日)





    第二回目の特別展開催の頃、

    3回目は昨秋の予定との話でしたが、

    少し遅れての開催となったみたいです。




    当時のレポート
    → 「京都の日々」 「京都の日々2」
     



    良いものができるのなら

    少しぐらい待たされたっていいよ〜





    そんな心境ですが、

    どんな資料が拝見できるのか

    今からとてもワクワクしています。





    「歳三忌」にお出かけの方は その時期も公開中なので、

    一緒に見に行くこともできますね。

    すごいハードスケジュールになりますけど。。。





    私は始まったらすぐにでかけて、

    レポートをお届けしたいと思っています♪




    ところでこの企画もさることながら、今回

    この展の目玉としてこちらの企画も開催されるのですって!

    興味津々なんですけど〜





    西洋式砲術調練演舞

    平成20年2月17日(日)13:30〜14:00





    幕末の頃、

    日野宿農兵隊というのがあったのですが、

    その隊が慶応元年2月21日から、

    西洋流鉄砲調練を行っていました。




    その砲術調練の様子が見学できます。




    テレビで見たことはあっても実際には見たことがありません。

    それが地元で公開されるとあっては

    見に行かねばなりませんよね!




    ぜったいスケジュールを調整して見学してきます。

    たくさんの人が集まりそうですが、

    しっかり見てきますよ〜!





    お近くの方はこんな機会はめったにありませんから、

    足を運んでみてはいかがですか?




    詳細はこちらです
    → 日野市新選組のふるさと歴史館HP




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  • [2008/02/01/13:55][ ↑ ][ ↓ ]

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    今月のご紹介本


    幕末新選組拾遺帖
    伊東成郎著/新人物往来社


    あまり世間に知られていない
    資・史料から、
    著者が時間をかけて拾い出した
    エピソードや実話・風聞などが
    たっぷり入っています。

    詳細はこちら^^
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