多摩人(たまびと)漫遊記 〜新選組のチョッと話〜


人生大半を新選組に費やす筆者が、史跡巡りや新選組で得た様々な事柄を綴る。他趣味の旅やペット達を紹介。
Profile ルンちゃんです♪

(写真=幕府のイヌ?)
新選組大好き歴が永〜いだけの私ですが、どうぞいっしょにお話しましょう! 相互リンクもOKです!



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「大徳川展」感想

長いレポートになりましたが、ここでお話したのは
「大徳川展」のほんの一部ですよ



「大徳川展」とはなんですか?という方は →
 こちら 「大徳川展」HPです




徳川260年分の品ですからそれは見ごたえありますよね。




今回見学を始めてすぐに感じたのは

その展示品の「保存状態の良さ」です




ウォーキングや旅の途中で

博物館にはよく立ち寄りますが、

ここまでほとんどの品が

当時のままにきれいに保存されていることは

あまりありません。




さすが天下の将軍様の品々ですよね




武士の頭領としての威厳、

ご子孫の保存に対する意気込み&努力、

そして保存できるだけの財力あってのものでしょうね。




これからも後世に残してもらいたいものです。




そして 今回は日本の歴史を間近に感じさせてくれました。



明治位まではまだ近代なので、

自分達の歴史とつながっているようにも感じますが、

(子供達には昭和の時代も昔のようですが…^^;)

江戸時代となると厚い壁で仕切られているような感覚です。




でも「徳川家康任征夷大将軍宣旨(せんじ)」や

「大政奉還上意書」

「大政奉還勅許写」

「徳川慶喜将軍辞職につき御沙汰書」など

日本の歴史に直接関わったものを見ると、

確かにこの世界に存在し、

歴史が流れていったことが実感できるのです。





そして、それを見学できる今の時代に生きていることに

ささやかな幸せを感じます




ちょっとおおげさなことをいってしまいましたが、つまりは

「大いに見る価値はありますよ」


ということが言いたかったのです




どうぞ興味がある方は行ってみて下さいね。




ちなみに見学の際には入場口で貸し出している

「音声ガイド」を利用するといいですよ




有料(500円)なのですが 

展示の解説文には書いていないことも

聞くことができます。(イメージ音楽入り^^)





メインの展示品だけのガイドではありますが、

解説を聞きながら品物を見ると

よりその品が目に焼きつき 鮮明に記憶に残ります。




しかもボタンひとつで

何度も同じ説明が聞けますしね^^




ルンちゃんは以前、

この音声ガイドを使用してからその良さに気づいたので、

それ以来利用するようになりました。




よろしければ一度試してみてくださいね





長くなりましたが、

これで「大徳川展」レポートは終了です。

読んで頂いてありがとうございました

次回からまた新選組記事になりますので、

また遊びに来てくださいね





徳川関連本





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  • [2007/10/31/11:06][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「大徳川展」レポート 〜その3〜

    「姫君のみやび」

    こちらが「大徳川展」の三つめのテーマです


    「大徳川展」とはなんですか?という方は →
     こちら 「大徳川展」HPです




    こちらには「婚礼調度」、つまり嫁入り道具がメインに展示され、

    往時の華やかな婚礼の様子を思い描くことができます。




    まず目に入ってくるのが立派な乗物

    「竹葵牡丹紋散蒔絵女乗物」
    です。

    徳川綱吉に嫁いだ鷹司信子(従姫)所用と伝わる女乗物です。





    よく時代劇で見るお姫様の乗物ですね。

    人や小物が入ると内部は狭く感じますが、

    何もないと結構広く感じますよ。




    さすが女性の乗物なので、

    内部にも絵がほどこされ長旅の慰めになっています。




    外側は金と青金の平蒔絵、そして竹と、

    両家の紋模様の「葵と牡丹」が全体にほどこされ、

    婚礼は家と家とのつながりであることを

    実感させるものとなっています。




    「婚礼調度」は化粧道具や文具、飲食器、遊戯具など

    生活のほとんどすべてのものをたずさえてくるので、

    その品は数百種類にもおよぶそうですよ




    でもその品々は親戚に受け継がれたり、形見になったり、

    特に幕末期には財政困難で使いまわされることも

    多かったみたいです。


    ですから調度品すべてが現存しているわけではありません。




    それでも今回は多くの姫君の雅やかな調度品が

    展示されています。




    私が惹かれた品は、

    「葵紋松竹唐草蒔絵婚礼調度」
    です。



    鏡台、たらい、湯桶などかなりきちんと残っていました。

    しかもこの調度品には、

    これと同じ形の雛道具が(つまりミニチュアね^^)

    これもきちんと残っているのです。


    それは見事に複製され、当時の職人の技術の高さを

    感じずにはいられません。




    ここまで婚礼調度と雛道具が共に残されているものは

    ないそうなので、是非見比べて欲しいところです。

    (私は結構じっくり見てしまいました)




    さて最後は幕末関連です^^




    まず天璋院(篤姫)所用の

    「萌黄地葵唐草筥牡丹文二陪織小袿」
    (もえぎじあおいからくさはこぼたんもんふたえおりこうちぎ)




    篤姫様は緑色がお好きだったのでしょうか?

    緑地に萌黄の葵唐草、そして紫の筥牡丹が

    規則正しく配置された着物です。




    そのはっきりとした地と柄のコントラストは

    しっかりとした意志をお持ちの篤姫様にとてもお似合いですね。



    そして静寛院宮(和宮)の品々が並びます。

    婚礼調度、打掛等 数多く展示され

    これも圧巻なのですが、

    私が以前からとても見たかった品がありましたよ。




    それが「空蝉の袈裟」です。

    「家茂のみやげの西陣織」
    といえば

    あなたもおわかりになるのではありませんか?




    14代将軍家茂が征長のため西国に出陣する際、

    和宮が凱旋みやげとして望んだ「西陣織」です。

    しかし家茂は途中で急死し、形見として

    この西陣織が和宮に届くのです。




    宮は「空蝉の唐織り衣なにかせん あやも錦も君ありてこそ」

    の和歌を添えて、この西陣織を増上寺に奉納し、

    袈裟に仕立てて家茂の追善法要に用いたそうです。




    金糸の入ったまばゆいばかりの西陣織ですが、

    華やかであればあるほど家茂の思い、

    和宮の思いが察せられ、胸が締め付けらます。





    この「空蝉の袈裟」ですべての展示が終わりますが、

    あなたはお気づきになりましたか?




    一番最初に目に入った「金扇馬印」は家茂ゆかりの品、

    そして最後は和宮の品で終わるのです。


    意図した演出かはわかりませんがよくできていると思いませんか。




    それだけで私の中では「大徳川展」に

    大きな拍手を送りたいです




    そして感想ですが、

    長くなりそうなので次回にします。

    ひっぱってすみません



    071026

    会場で販売の「大徳川展」の図録です^^
    展示品の詳細が載っています





    徳川関連本



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  • [2007/10/29/10:59][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「大徳川展」レポート 〜その2〜

    今日も「大徳川展」レポの続きです


    「大徳川展」とはなんですか?という方は →
     こちら 「大徳川展」HPです




    「格式の美」がふたつ目のテーマです。





    戦乱から泰平の世に移り、

    武家社会も より格式を重んじるようになりました。

    それは武具だけでなく、茶道具や絵画にもおよびます。




    将軍が大名の屋敷を公式訪問する「御成(おなり)」にも

    もてなしの茶の湯、演能などが設けられ、

    将軍と大名との主従関係を認識させる意味合いの中にも、

    たくさんの「武家の美」が生まれたのです。




    ルンちゃんの興味は主に幕末関係資料と刀類なのですが、

    人によって興味の対象は違いますよね

    でもいろいろな種類の展示があるのが

    今回の「大徳川展」なので、

    個々の要求を充分満たしてくれると思いますよ




    「お茶」に精通している方なら

    こちらのコーナーに惹かれるのでしょうね。

    展示されている茶器はそれぞれが名器、

    そしていわくつき(?)です。




    例えば「漢作肩衝(かたつき)茶入れ ー銘 新田ー」は

    天下の三名物といわれた品で、織田信長も一時手にしています。




    本能寺の変後、大友宗麟、豊臣秀吉の手に渡り、

    大阪城落城で行方不明となりましたが、

    家康の命を受けた藤重藤元、藤厳父子が

    焼け跡の中から探し出しだしました。




    その際一部破損していたのを

    痕がわからないように修復し、

    家康に献上したのです。




    高さ8.6センチの小さい器なのですけどね。

    器に対する「執着」はいったいなんだったのでしょう?

    いろいろ考えさせられるのです。



    この新田は 10/10〜11/4までの公開です。





    源氏物語に興味を持つ方も多いと思いますが、

    そんな方には源氏物語(河内本)は必見ですよ。




    現存最古の「源氏物語」の完本だそうです。




    これも金沢文庫から足利、豊臣を経て家康へ。

    そして尾張家初代義直に譲られ、

    側室貞松院へと移りました。




    本もさることながら、

    金蒔絵の書物箪笥が見事な品です。

    当時の贅沢がわかりますね。

    庶民の生活とは雲泥の差です。




    源氏物語絵巻も入れ替え制で

    私が見たのは「柏木」でしたが

    平安時代に書かれた絵を

    直接見ることができたのはうれしいことですよね。

    (確か11/4まで、また違う段の展示になります)




    他にも多数ありますが、

    主な展示は殿様の所持品ですので、

    華やかなうちにも「わび・さび」が感じられ

    なかなかよかったですよ





    でも三つ目のテーマでは

    それはまばゆいばかりの品々が並びます。

    最後にこれを持ってくるとは

    憎いばかりの演出ですよね。




    それはまた次回。

    すいません、また続きます^^;



    071026

    会場で販売の「大徳川展」の図録です^^
    展示品の詳細が載っています







    徳川関連本




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  • [2007/10/27/11:32][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「大徳川展」レポート

    10月21日(日)に「大徳川展」を観てきました


    「大徳川展」とはなんですか?という方は →
     こちら 「大徳川展」HPです




    「徳川家の至宝が300点以上」

    というだけあってかなりの見ごたえでしたよ。




    「将軍の威光」「格式の美」「姫君のみやび」と

    三つのテーマに分かれていましたが、

    気合を入れてひとつ目のテーマを見終わったところで、

    体力をほとんど使い切ってしまったほどです(苦笑)




    それでもなんとか全部見て、

    ヘトヘトになって帰宅しました




    次の日も体力が回復せず疲労気味。。。

    そのため数日遅れてのレポートになりましたが、

    まだまだ興奮冷めやらぬうちにご説明したいと思います^^




    さて。




    最初のテーマ「将軍の威光」は

    徳川家康がいかに徳川家を末永く存続させるか

    そんな思惑が充分わかる史料群です。




    家康が征夷大将軍になってすぐに

    家督を秀忠に譲ったのも

    家臣たちに忠誠を自分ではなく

    「徳川家」に誓わせるため。





    自分の歿後、

    自らを「東照大権現」=神として祭らせたのも

    他の大名との差別化をはかり、

    神の子孫として人々に一目おかせるため、


    そして子孫たちにも自覚してもらうためなのです。



    それが徳川家の存続につながるわけですね。

    御三家を作ったのもその理由からです。



    グローバルな家康の計画ですよね。

    その甲斐あって、江戸時代は260年も続きました。

    苦労人家康の考えだからこそ

    実現できたのかもしれませんね。




    具体的には

    武具や歴代の将軍にまつわる品々、

    また家康の御影や朝廷、諸外国との交流史料がメインです。





    最初に目に入るのが、「金扇馬印(きんせんのうまじるし)」

    昇り旗みたいなものですが、それは大きな金色の扇ですよ。

    家康所用と伝わっていますが、

    実は家茂が長州征伐の出陣の際も使用したもの
    だそうです。




    最初から幕末関係が飛び出して

    なかなか快調な出だしですね




    鎧も多数あったのですが、

    ルンちゃんの興味は太刀、刀へ。

    「国宝」といわれるものがドーンと並んでいるのですよ。

    脇差も含め七、八振りはあったかな?(重文もあったけど)
      ↑  ↑
    このエリアだけでね。
    他の場所にも刀は置かれていました




    刀身も立派ですが、拵えも見事です

    さすがお殿様の持ち物ですよね。

    反りの大きく入った太刀は鎌倉期のもの。

    どれか忘れましたが、一文字派のものもあったはず。




    一文字派といえば「菊一文字」を連想してしまいます^^;

    沖田総司の所持刀なんていわれていたこともありますが、

    そんな国宝級なものを総司が持っているわけありませんよね。

    (しかも太刀だし…)




    今回は本当の国宝級の太刀が見られて

    こういうのを目の保養というのでしょうか。

    ずーっと見ていてもあきませんね。

    でも見学者が多くて長居はままならず、残念です




    歴史を身近に感じさせるのが

    「徳川家康任征夷大将軍宣旨(せんじ)」
    です




    いわゆる征夷大将軍の任命書みたいなものですね。

    1603(慶長8)年2月12日、62歳の家康が

    征夷大将軍になり、江戸幕府を開く始まりの書です。
       ↑  ↑
    学校の教科書に出てくるところね^^





    今でもそれが残っているなんてスゴイですよね。

    そんなスゴイものが間近に見られるなんて

    思ってもいませんでした。

    すごく得した気分です




    水戸光圀やら、吉宗やら

    本やドラマでお馴染みの方ゆかりの品もありましたが、

    ここはやはり幕末メインでお話していきますね。





    「会津中将容保様は孝明天皇のご辰翰を

    肌身離さず持っていた」
    という話は有名ですが、

    こちらにも同様な方がいらっしゃいましたよ。




    それは徳川慶喜様です。





    幕府が朝廷を無視して、

    単独で兵庫開港をしようとしたのを

    慶喜が反対したことへの

    朝廷に対する忠誠を褒める書、

    慶応元年9月29日付の孝明天皇のご辰翰
    です。




    この書を大切に保管していたそうですよ。




    慶喜様といい容保様といい

    さぞかし無念だったことでしょうね。

    朝廷に対しての忠義は

    誰よりも厚いと思っていたでしょうに。




    このご辰翰の扱いを見ると

    本当に彼らの気持がよくわかります。





    F.Wサットン撮影の慶喜肖像写真

    よく書籍などに載っていますよね。

    でも直接みたのは初めてです。

    それと慶喜所有のフランス軍の帽子





    そして征夷大将軍の任命書があるなら

    あれもあると思いませんか?

    大政奉還の関連書類。




    もちろんありましたよ^^

    「大政奉還上意書」

    「大政奉還勅許写」

    「徳川慶喜将軍辞職につき御沙汰書」





    「大政奉還勅許写」は

    大政奉還後も政治に参加しようとしていた

    慶喜の様子がわかる書です。

    これを写しながらどんなことを考えていたのでしょう。





    慶喜関連の品でひとつ目のテーマが終わります。

    そうです。まだまだ展示は続くのです。




    あれ?だいぶ書いてしまいましたね。

    やはり一度では載せられません。

    次回も「大徳川展」で続きます^^;

    どうぞお楽しみに。。。



    071023

    壁に貼られた大ポスター
    画面クリックで拡大します^^





    徳川関連本





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  • [2007/10/25/10:14][ ↑ ][ ↓ ]

  • 沖田総司の像


    京都の『霊山歴史館』といえば

    維新史料が多数展示されている場所で

    おなじみですよね。




    その『霊山歴史館』で10月18日から

    沖田総司像


    がおめみえしました。

    高さ約90センチのブロンズ像だそうです。




    朝日新聞記事 →こちら

    霊山歴史館ニュース →こちら




    沖田総司の写真や肖像は現存されておらず

    その人物像は当時の人の

    語り残した話から推測するしかありません。



    ルンちゃんのブログ記事

    「沖田総司の写真」




    今回製作されたブロンズ像ももちろん

    イメージとして作られたものですよね。




    彫刻家に制作を依頼し、文献や言い伝えなどをもとに、

    居合道高段者の動きも参考にしてつくった
    そうです。





    「現代人が親しみやすいように当時の人物より頭を小さくした」

    とのことですが、できの良し悪しは別として、




    何ゆえ沖田総司の像を制作したの?
    (?_?)




    何かの記念なのでしょうか?

    ルンちゃんにはその意図するところが

    よくわからないのですが。。。

    (誰か教えてください)




    写真も何もないので、

    「沖田総司だよ」といわれなければ

    誰の像かもわからないし。。。




    というわけで、あえてコレを見るために

    『霊山歴史館』には行きませんが、

    行く機会があったら見てこようと思います。←結局は見るのね^^;





    京都にお出かけの方も「話のタネ」にするには

    いいのかな?

    機会があったらご覧くださいね。 




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  • [2007/10/23/10:48][ ↑ ][ ↓ ]

  • 榎本艦隊 蝦夷地上陸の日

    新選組版 今日は何の日です。




    1868(明治元)年10月12日に

    仙台(折ノ浜)を出航した榎本艦隊は、

    途中 宮古湾の鋤ヶ崎で隊を整え蝦夷へ向かいます。




    蝦夷で最初に訪れたのは、

    内浦湾の鷲ノ木沖でした。



    直接箱館に行かなかったのは、

    箱館府との戦争を避けるため、

    戦争による諸外国の不信感をつのらせないためとの

    配慮があったようです。




    甲板の上からみた蝦夷は

    四方を望むと積雪が山を覆い、

    一面が銀世界だったそうです。




    榎本武揚は、蝦夷地来航の趣意を書いた手紙を

    箱館府知事 清水谷公考(きんなる)に奉上するため、

    使者を先行上陸させ、五稜郭に向かわせます。




    それが1868(明治元)年10月20日(新暦に換算すると12月3日)でした。




    この午後から海上は 時化(しけ)となりました。

    積雪30センチ、北西の強風。

    高波のため、船からはしけに乗り移るのも難渋し、

    海中に転落するものもいたほどです。




    はしけが転覆することもあったようで、

    この時死者が16人も出たといわれています。




    土方歳三らは22日に上陸したようで、

    島田魁、立川主税、野村利三郎、田村銀之助らとともに、

    額兵隊、春日隊などを率いて沿岸道を南下、

    川汲峠(かっくみとうげ)を抜けて

    箱館へ向かいます。




    これから1ヶ月余り土方他陸軍兵士は

    厳しい積雪の中、

    蝦夷平定のために松前、江差へと

    行軍していくことになります。





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  • [2007/10/20/10:47][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組を語る会

    来る11月11日(日)に

    東京日野市で大きな新選組イベントが開催されます。



    それが「新選組を語る会」です




    もしかしたらご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、

    同会は隊士子孫や関係者が発起人となり作られた会で

    その歴史はすごく古いのですよ





    その第一回は昭和50年8月3日に

    高幡不動尊にて行われました。




    当日の出席者は

    近藤勇、土方歳三、井上源三郎、沖田総司、

    斉藤一、永倉新八、島田魁、中島登、

    鈴木三樹三郎、横倉甚五郎、宮川信吉、

    稗田利八、松本捨助ら

    隊士のご子孫
    はもちろんですが、




    他にも松平容保、松本良順、

    小島鹿之助、佐藤彦五郎、

    粕谷良順らのご子孫


    全国から多数の隊士子孫や関係者が

    いらっしゃいました。



    一般の参加者を含めると

    280名以上集まったようです。




    その次の年には京都壬生寺で開催され

    200名以上の方々が集まりました。




    その後もご子孫やファンの交流があり、

    会報もつくられていたようですが、

    いつしかその話も聞かなくなっていました。




    それが今年、近藤勇や井上源三郎の

    没後140年の年にあたり、

    新選組隊士の子孫とゆかりの方々が一同に会合し、

    再び新選組について語り合うのです。

    もちろんファンや全国の新選組関連団体も参加しますよ。




    今回の発起人は

    宮川豊治氏(近藤勇子孫)

    土方陽子氏(土方歳三子孫)

    佐藤福子氏(佐藤彦五郎子孫)

    小島政孝氏(小島鹿之助子孫)

    沖田整司氏(沖田総司子孫)


    の方々というそうそうたるメンバーです。



    しかも


    『新選組隊士の子孫とゆかりの方々が一同に会合』



    ということは以前のように

    多数のご子孫がご出席される可能性が高いわけですね。

    こんな機会はめったにありません。

    どなたがいらっしゃるのか 興味津々です!




    こうなると多摩人としては

    出席せざるを得ませんよね!





    実はこの話は5月頃から聞いていたのですが、

    いまひとつ確認が取れずにいました。

    当日も別の予定があったので

    参加するのを迷っていたのです。




    でも最近になって、土方歳三資料館でも告知しているし、

    じっくり考えてやっぱり参加することにしました。




    「新選組を語る会」には

    昔から個人的にも思い入れがありましたしね




    というわけで昨日申し込みしましたよ。

    問い合わせたところ

    まだ申込み受け付けてますとのことでした。

    興味のある方はスケジュールを

    ご覧になってみて下さいね。



    当日スケジュール
    日野市観光協会「新選組を語る会」案内
    こちらです^^



    もちろん当日レポ また載せますよ。

    行かれない方はそちらをご覧下さいね。




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  • [2007/10/19/10:43][ ↑ ][ ↓ ]

  • ありがとうございました

    こんにちは ルンちゃんです

    「ルンちゃん ありがとうプレゼント」にご応募いただき

    ありがとうございました!



    たくさんの応援メッセージ、ご意見、ご感想をいただき
    とてもうれしいです!


    ご当選の方には今週中にメール等で連絡し、
    順次商品を送付させていただきます。



    また当たらなかった方 本当にごめんなさい


    みなさんのご意見を参考に
    楽しい記事を載せていきますので
    これからもどうぞ遊びに来てくださいね。


    ちなみに今日でちょうど丸1年になりました。
    これからもよろしくお願いします♪
    [ごあいさつ] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2007/10/17/17:26][ ↑ ][ ↓ ]

  • 井上源三郎資料館

    多摩の史跡案内  〜その15〜

                井上源三郎資料館(源三郎生家)



    新選組六番隊組長だった 井上源三郎の生家
    です。

    平成16年1月10日に資料館として公開されました。


    071128

    この土蔵が目印!




    土方歳三や源三郎の手紙や、

    泰助(源三郎のおい)松五郎(兄)らの書状、

    近藤勇が松五郎に贈ったという刀

    「大和守源秀国」等が展示されています。




    井上家の遠祖は井上掃部頭といい室町時代初期には

    駿河国に住んでいたようです。

    今川氏に仕えていたところ桶狭間で主人は信長に討たれ、

    後に甲斐の武田氏に仕えているとまたしても信長に滅ぼされ、

    武蔵国日野本郷に移住し、今の地に定住したといわれています。




    井上家の三男だった源三郎は

    家督は継ぐこともなく、他家への養子にいくこともなく

    日々農作業と剣術修行に明け暮れていたことと思われます。




    それが1863(文久3)年2月の浪士隊上洛に

    日野の人々と応募し、人生を一変させたのは

    みなさんのご存知なところです。




    昭和になって、

    日野に在住していた郷土史家の谷春雄氏(故人)が

    地元の新選組話に興味を持ち、

    一番最初に調べ始めたのが この井上家です。




    昭和38年、当時存命の井上家のお婆さん(泰助の息子の嫁)

    から、泰助が叔父の源三郎の首を持って逃げ、

    途中あまりの重さにどこかの寺の門前の田んぼに埋めた

    という話も、その時 聞いたものです。



    その後、井上家の土蔵を調べたところ、

    歳三や源三郎の書状等 

    新選組の関連史料が多数出てきました。





    その土蔵が今改装され資料館となっているのです。





    司馬遼太郎の「新選組血風録」や「燃えよ剣」では

    腕の未熟な風采の上がらない人物として描かれていますが、

    実際の源三郎は剣の達人ですよ^^





    その証拠に「井上源三郎資料館」には

    彼の免許皆伝書が残されています。


    資料館に行ったときには是非確認して欲しいですね






    井上源三郎資料館

    住  所:東京都日野市日野本町4−11−12
    開館時間:10:00〜16:30
    開館日 :毎月第1・第3日曜日
         団体の場合は臨時開館も行うそうですので、
         問い合わせてみてください

    ※開館日、時間は変更する場合もあると思いますので、
     おでかけの際は確認くださいね。

    071127




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  • [2007/10/17/14:36][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組―将軍警護の最後の武士団


    以前、外国人が新選組の本を書いたという話を載せましたが

    覚えていますか?  



    その時の記事は  こちら



    当時はまだ手元になかったのですが、

    今回やっと入手し読み終えましたので チョッとお話しますね



    『新選組―将軍警護の最後の武士団』

    ヒルズボロウ・ロミュラス著・正木恵美訳







    外国人が「新選組」について語るものを初めてみましたが、

    新選組も国際的になったな〜と単純に感動しています




    でもこの本は 先入観を持たずに読むと、

    とても外国人が書いたとは思えない位 内容は細かいですよ。



    よく調べたな〜と思います。



    実際筆者は小島鹿之助のご子孫や

    幾人かの関係者に会って取材をしていますし、

    関連書籍もかなり読まれているようです。




    あの幕末の各藩の関わりとか、急展開する情勢とか、

    複雑な部分もしっかり理解して書かれているので、

    新選組ブームの頃に便乗で出された書籍なんかより

    ずっとハイレベルな本に仕上がっています。




    筆者のロミュラス・ヒルズボロウ氏は

    カリフォルニア生まれの方ですが、日本に15年以上いたそうです。

    その間、日本の雑誌のライターなどもしていたし、

    空手なども修行していて、日本通なことは理解できますね。




    幕末がお好きなようで、他に2冊

    幕末時の武士についての本を書かれているそうです。



    武士についてはこだわりがあるようで、

    末巻の付録として用語の解説があるのですが、

    「切腹」の項目について読んでみると

    彼の「武士」に対する考えがよくわかるような気がします。




    近藤勇=武士
     と思ってくれているようで嬉しいです



    この本で面白いな〜と思ったのは、

    天照大神(あまてらすおおみかみ)の言葉が多用されていること。



    『天照大神は自分の「子孫」を犠牲にしてまで幕府を苦しめる』
            ↓  ↓  ↓
         孝明天皇の死に対しての考え





    歴史の行く末はすべて天照大神にゆだねられている


    というような書き方は日本の作家はしませんよね。




    また勝海舟のことをすごく褒めていて、

    こちらも各所に登場しているのも特徴です。




    訳者の正木恵美氏も新選組がお好きだそうで、

    ロミュラス・ヒルズボロウ氏が読んだ参考文献は

    すべて読んでいるようですし、日野にも訪れているようです。




    特に新しい史料や話があるわけではありませんが、

    外国人がどんな風に幕末を理解していたか

    興味がある方には楽しい本だと思います。



    新撰組好きの人が書いた本ですしね。

    機会があったら読んでみて下さい






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    [新選組の本] [トラックバック:0][コメント:10]
  • [2007/10/15/10:36][ ↑ ][ ↓ ]

  • 今年の牛革草です

    こんにちは ルンちゃんです。

    1周年記念プレゼントのメール・コメントありがとうございます!
    10月15日(月)まで受付けていますので、
    まだの方はお気軽にご応募くださいね。

    みなさんメールよりコメントの方がしやすいみたいです。
    コメントの下の「□管理者にだけ表示を許可する」の
    □印にチェックを入れてくだされば非公開になり、
    ルンちゃんにしか見えませんのでご安心くださいね。





    10月になり急に涼しくなったと思ったら

    我が家の牛革草も咲き出しました

    昨年と比べると1週間位早いでしょうか。




    071011

    今回は大判で載せてみました^^


    このピンク色の可憐さが

    牛革草の魅力です。

    とても「酒で飲む」という感じではありませんよね^^;





    牛革草は地方でも見かけるのですが、

    似たような葉っぱで花が白いだけの別種もあるので

    注意が必要です。





    高幡不動のふたつ隣駅「平山城址公園駅」近くの

    田んぼの脇にも牛革草が群生していました。




    しかしこのところの宅地化が進み、

    とうとう今年はその場所から

    牛革草が消えてしまいました。

    残念です〜





    と思っていたら、

    最近復活(というか移植?)したところもあります。


    たぶんご存知な方もいらっしゃるでしょう。




    高幡不動尊敷地内、土方歳三の銅像の下に

    見事に群生していました(笑)





    たぶん高幡不動尊の方か、

    松盛堂の会長さんが種を蒔いたのだろうと

    思いますけれど。




    牛革草を見たことがない方は

    どうぞ見に行ってくださいね。

    ちょうどこれから花の見ごろです♪




    ちなみに牛革草は「そばの実」に似た

    三角牛乳パックの形(知っているかな)のような

    種ができます。

    それも見るとかわいいですよ


    071012



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    [ペット&植物] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2007/10/12/12:02][ ↑ ][ ↓ ]

  • 山南さんが将軍様に?!

    「え〜、どういうこと?」

    という声が聞こえそうですが、

    大河ドラマの話です。



    来年放送の篤姫(あつひめ)の

    追加出演者が昨日発表されました。




    最近の大河「義経」に出演されていた

    草刈正雄、松阪慶子、稲村いずみさん。

    「功名が辻」の玉木宏さん。



    そして「新選組!」からは境雅人さんが出演されます。



    境さんの役は 篤姫の夫。

    つまり徳川家定ですね



    だから、山南さんから将軍に出世したというわけです(笑)



    徳川家定といえば、江戸幕府の13代目の将軍で、

    若いうちに亡くなってしまいますよね。




    原作を読んでいませんので、どのくらいの期間

    出演されるのかわかりませんが、

    見るのが楽しみになってきました。




    大河ドラマは「新選組!」からしばらく毎年連続で見ていましたが、

    今年は見ていません。

    (私の信玄と勘助は、中井喜一さんと西田敏行さんなので)

    でも周囲の人たちが見ていますので、

    毎回情報は入ってきます(笑)




    来年は見ようかどうしようかと思っていたのですが、

    堺さんが出演されるのならみてもいいかなっと思い始めています。




    堺さんは「新選組!」の山南ではすごくいい味を出して、

    ついでに山南さんのイメージもアップさせてくれました。

    その後もTVや舞台で活躍されていますね。

    今度はどんな風に家定を演じるのか、

    とても興味があります。



    それに江戸幕府の話ですしね…




    でも新選組は以前聞いた話によると出ないみたいです。

    どうでしょう?急に予定変更の場合もあるのでしょうか^^;




    他には松田翔太、平岳大、江守徹、北大路欣也、

    堀北真希、鶴田真由、高橋由美子、若村麻由美、

    高畑淳子、星由里子、中村メイコ、余貴美子さんら

    豪華メンバーです。




    「すごい人たちに囲まれて、生きた心地がしないです」

    とは境雅人さんの言葉。



    応援していますので

    どうぞがんばってくださいね!



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    [新選組以外のTVの話] [トラックバック:0][コメント:6]
  • [2007/10/10/10:44][ ↑ ][ ↓ ]

  • 近藤勇 誕生の日

    1834(天保5)年、武蔵国多摩群上石原村(現 東京都調布市)で

    父宮川久次郎、母みよ の子として

    一人の男児が誕生しました。




    それが宮川勝五郎、のちの近藤勇です。


    勇の誕生の日は10月9日だったらしいです。

    (はっきりとはわかりません。この情報も孫引きしてます)





    上石原村は、甲州道中布田五宿

    (上石原村・下石原・上布田・下布田・国領)のひとつで、

    上石原村には当時87軒の家があったそうです。




    宮川家周辺には6戸程度の家があり、

    宮川家は豪農といわないまでも

    比較的裕福な生活をおくっていたようです。




    天保9年の「宗門人別帳」によると

    家族は父母、祖父源次郎、

    長兄音次郎(のち乙五郎)、次男粂蔵(のち粂次郎)と

    三男勝五郎の6人家族でしたが、

    天保10年に母が亡くなっています。




    久次郎は自衛のために敷地内の納屋を改造し、

    天然理心流三代目 近藤周助を招き、

    近所の人々を集めて剣術を学びました。




    その稽古にいつからか三兄弟も加わるようになり、

    その後周助が、勝五郎の剣に対する天賦の才を認め、

    近藤家の養子として迎えるのです。




    そして勝五郎(養子後は島崎勇)は

    1861(文久元)年、

    天然理心流四代目を襲名し、近藤勇と名乗るようになりました。





    ※「宗門人別帳」とは?

    現代の戸籍のようなものです。

    江戸時代、キリスト教を禁じる目的で

    幕府が村ごとに作らせました。



    毎年村全員の人名を記入・押印させ、

    その人物はどの寺の檀家か、

    寺側は記名者が檀家であることを証明し、

    村役人がこれを保管していました。



    それまでは勇の幼名は「勝太」といわれていましたが、

    1988(昭和63)年に

    江戸時代に上石原の村役人を務めていた家から

    宗門人別帳がみつかり、調査の結果

    勇の幼名が「勝五郎」だったことが

    わかったというエピソードがあります^^





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    [新選組版「今日は何の日」] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2007/10/09/22:48][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組の哲学

    この本は、今は絶版で手に入りにくいかとは思いますが、

    図書館でもどこでもみかけたら、

    読んで欲しいなっと思うのです。



    新選組の哲学/福田 定良著

    (新人物往来社または中公文庫)




    福田定良先生は哲学の世界では

    ものすごくえらい先生らしいです。

    その方が書く「新選組」だから

    さぞかしむずかしいと思われるでしょうが、さにあらず!




    とても楽しい、面白い本ですよ。

    読み方によっては奥が深いのかもしれませんが、

    中学生時代の私が読んで、単純に面白いと感じた本ですからね




    お小遣い月500円時代の私には当時高値で(1300円)

    毎回書店で立ち読みしていました。

    全部読む前に書店から消えてしまったので、

    いつかは購入したいと思っていました。

    しかし絶版になってしまったのです




    それが10年以上経って、文庫本で再登場しました。

    もちろん購入し、手元にありますよ。




    これは不思議な書き方なのですが、

    「私」は筆者なのかな?と思うとそうでもなさそうで、

    「実際の話?」と思うとそうでもなさそうな変な感覚なのです。




    「私」が知人の伊勢川氏の夢の話を聞きながら

    話が展開していきます。

    その夢の話のなかに「新選組」のメンバーが出てくるのです。




    筆者の中には、司馬遼太郎の新選組の世界が根強く生きていて、

    夢の中の隊士として自由に話し行動しています。





    もくじをみると

    ・えらい人、芹沢鴨と山岡鉄太郎
    ・ここは試衛館ではない
    ・土方のタトエばなし
    ・女と新選組
    ・教えたがり屋武田観柳斎
    ・原田佐之助のエロ話
    ・みかどはパーパス
    ・斉藤一の訓話
    ・沖田マニアの夢
    ・我ら脱走に成功せり
    ・土方歳三の癖
    ・幽霊を斬る
    ・山南と沖田の死にかた



    っていうかんじで、見ただけで面白そうでしょ。




    特に私が好きなのは「土方のタトエばなし」です。




    土方が沖田に浮気の話をするのですが、

    「浮気をされる女房の身になって、おまえならどうする?」

    と尋ねます。

    沖田は答えられず、逆に土方に聞くのですよね。

    「土方さん、あなたならどうするつもりです?」って。




    さて土方はどう答えたでしょうか?




    話はそれで終わらず、

    沖田は同じ質問を斉藤にするのです。

    それでは斉藤はどう答えたでしょう?





    実はこれ、ある事件を土方はタトエているわけで、

    その事件を言えばおのずと答えはわかってしまいます




    その時の会話がとてもテンポ良くて、

    好きなのですよね。

    他の作品も似たようなテンポで書かれているので、

    とても読みやすいですよ。




    ただし、土方や沖田らを崇拝しているような方は

    読まないで下さいね。

    イメージがくずれて怒りたくなるかもしれませんから

    洒落のわかる方だけご覧下さい。





    土方、斉藤の答えはどうだったでしょう?

    本でご確認くださいね。

    本が見つからず、どうしても答えが知りたい方は

    ルンちゃんまでご連絡ください。




    あなたにだけ、そっとお伝えします♪





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  • [2007/10/06/12:41][ ↑ ][ ↓ ]

  • 『大徳川展』開催です

    来年は「明治維新」からちょうど140年ですね。←多摩地方では「瓦解」と呼んだそうですが



    ですから「来年は記念イベントがいろいろ開かれるだろうな」

    とは思っているのですが、

    今秋 さっそく興味をそそる企画が登場しましたよ!




    それが

    「大徳川展」
    です。



    期間 平成19年10月10日(水)〜12月2日(日)

    場所 東京国立博物館 平成館(上野公園)




    「徳川」って聞いてワクワクしてしまうところをみると、

    やはり私は“佐幕派”ってことでしょうか




    でも佐幕派じゃなくても 興味をそそると思いますよ。




    その理由は なんと史上初!

    徳川将軍家・尾張・紀伊・水戸の

    全徳川家の至宝・史料が300以上出展されるからです。




    「将軍の威光」

    「格式の美」

    「姫君のみやび」

    と三部構成でのお披露目だそうです。




    これまで一部の史料が出展されることはあったのですが、

    今回のように大大的な展示はめったにあるのもではありません。

    史上初って言ってるくらいですからね。



    つまり「お得」ってことです



    「お得」が好きなルンちゃんは
    絶対「大徳川展」に行こうと見学日を思案中。
    見学しましたら、その様子はこちらでもお伝えしますね!



    「大徳川展」の詳細はホームページにあります。

    こちらです



    幸せ気分で徳川のお宝を見に行ってきます!



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  • [2007/10/04/11:21][ ↑ ][ ↓ ]

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    Comment ありがとうで〜す!!
    今月のご紹介本


    幕末新選組拾遺帖
    伊東成郎著/新人物往来社


    あまり世間に知られていない
    資・史料から、
    著者が時間をかけて拾い出した
    エピソードや実話・風聞などが
    たっぷり入っています。

    詳細はこちら^^
    ⇒ 関連過去記事

    その他の伊東成郎氏の本

    発見! 新選組おもしろグッズ

    ◇誠だるま 関連記事は→ こちら

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    小遣いつくろう得だわ幕府

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