多摩人(たまびと)漫遊記 〜新選組のチョッと話〜


人生大半を新選組に費やす筆者が、史跡巡りや新選組で得た様々な事柄を綴る。他趣味の旅やペット達を紹介。
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ルンちゃん
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局長の本当の命日とは?



新選組局長 近藤勇


命日は慶応4年4月25日です。皆さんご存知ですよね。




でも、それは旧暦でのこと。




今の新暦のカレンダーとは多少のズレがあるのです。

この旧暦の4月25日を新暦に換算すると

1868年5月17日。





つまり今日なんですね。





その出来事の季節を感じたいのなら、

旧暦を新暦に換算してみるといいですよ。





まだ若干の寒さが残る4月25日ではなく、

初夏を感じるこの季節に

近藤勇
は逝ってしまったんですね。





ちなみに新暦の4月25日は

旧暦に戻すと慶応4年4月3日。





実はこの旧暦の4月3日は、

近藤勇が流山で

東山道軍に取り囲まれた日だったりします。





あの流山での土方歳三との離別です。





つまり新暦の4月25日以降この5月17日まで、

近藤勇は捕らわれの身だったわけですね。





こんな風に新暦換算は、

感覚的に歴史をとらえることができます。





とは言うものの、

こだわり過ぎるのもどうかと思いますので

お話はこのくらいに…





でも「新暦の近藤勇の命日を覚えていて下さい」

とおっしゃっていた「歳三忌」での

釣洋一氏のお言葉を思い出して、お話させていただきました。

(上記の「新暦の4月25日〜5月17日まで、

 近藤勇は捕らわれの身」の話もその時ありました)






ちなみに「気になる歴史のあの日」の新暦換算には

こちらが便利です。

⇒ 新暦と旧暦の変換計算




以前 けろっぴ姫さんから教えていただいたサイトです。

ご利用下さいね

(けろっぴ姫さん、その折はありがとうございます^^)





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[新選組版「今日は何の日?」] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2008/05/17/12:16][ ↑ ][ ↓ ]

  • 函館探索記.3 〜ヒジカタ君のおみやげ編〜


    さて今回は「函館おみやげ編」です。

    といっても今回は新選組グッズに絞ってご紹介しますね





    以前「ヒジカタ君」グッズのことを

    記事アップしましたが覚えていますか?


    過去記事
    ⇒ 「ヒジカタ君の正体」





    あれを求めてベイエリアを散策してみたのです。

    いったいどこにあるのでしょう?





    『はこだて明治館』
    にあることは噂で聞いていましたが、

    その明治館がどこだったか、ずーっと前に来ただけなので

    さっぱりわからず、ずいぶん歩いてしまいました。





    おかげでたくさんのお店に 立ち寄れましたけどね。




    なんとかお目当ての『はこだて明治館』に到着〜。

    明治館入口
    明治館入口 posted by (C)ルンちゃん




    店内もずいぶん変わったみたいですけど、

    ひとつひとつ見てまわればあるだろうと

    入口向かって左のお店から順番に

    最後まで覗いてみました。






    ない。。。







    明治館ってここだけなので

    間違いはないと思うのですが、

    「ヒジカタ君」に会えないのです。






    おかしいな〜。

    もう売っていないのでしょうか?

    ここまで来てなかったら、かなりショックですよ





    諦めるわけにはいかないと思って

    ありそうな店にあたりをつけて入ってみたら

    ありましたよ、「ヒジカタ君」






    結局、最初に入った一番左のお店でした。

    「メモル8088」
    という名前のお店で、

    主に北海道限定のグッズやお菓子を売っています。





    店の入口左側のほんの片隅に「ヒジカタ君」はあるので、

    見逃してしまったようです。

    (買いに行くときはご注意下さいね)






    販売されていたのは

    絵葉書       8種類

    缶バッヂ      5種類

    ミニトートバッグ  2種類
       でした。


    ヒジカタ君バッヂ
    ヒジカタ君バッヂ posted by (C)ルンちゃん




    どれもなかなか楽しいものですが、

    特に、箱館政府の主要メンバーとヒジカタ君が

    一緒にビールを飲んでいる絵葉書
    は傑作です!

    (買うときの楽しみがなくなるので、

    実際に現地に行ってお確かめ下さいね^^)




    さて、函館での新選組(土方)グッズの老舗といえば

    「五稜郭タワー」内のショップ
    ですよね





    毎年新しい新選組グッズが入荷されますが、

    キティちゃんの土方歳三バージョングッズ


    登場したときはびっくりしましたよね。


    土方グッズ
    土方グッズ posted by (C)ルンちゃん



    今回も、グッズをいくつか購入してみましたが、

    今まで通算、いくつのグッズをここで購入したかしら?

    もう多すぎて数えることもできませ〜ん^^;
    (京都のおみやげより多いかも…)





    食品の新選組関連のおみやげでは、

    定番の「土方歳三まんじゅう」があります。

    こちらは黒糖皮の蒸しまんじゅうです。
    (温泉饅頭みたいの。美味しいですよ)

    五稜郭の「土方歳三まんじゅう」
    五稜郭の「土方歳三まんじゅう」 posted by (C)ルンちゃん



    それから「昆布百選」は表紙がよくわからないですが、

    こんぶの餅菓子です。
    (「三浪士の味」ってなんだろう?^^;)

    五稜郭のおみやげ
    五稜郭のおみやげ posted by (C)ルンちゃん




    その他 訪れるたびに、

    新選組の名がついた食品の種類が増えています。

    どうぞ購入の際は、あなたの目で

    どんなものがあるのか確かめてみて下さいね。






    ちなみに五稜郭タワーのグッズなら、こちらで見ることができます。

    興味のある方は覗いてみて下さいね。

    私もよく見るのですが、かなりいろいろありますよ。

    ⇒ 五稜郭タワーHP「おみやげ」




    『はこだて明治館』
    函館市豊川町11番17号



    『五稜郭タワー』
    函館市五稜郭町43−9




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    [新選組グッズ] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2008/05/16/10:54][ ↑ ][ ↓ ]

  • 函館探索記.2 〜松前編〜


    きょうは松前のお話です




    函館から松前まで車だと2時間くらい

    定期バスだと途中何度も停車するので、

    3時間余りかかるようです。(長いな〜





    しかもバス便はあまりないので

    普通は電車で木古内駅まで行って、

    そこからバスで松前まで行くみたいです。

    それでも2時間10分ほどかかりますよ。





    ところがゴールデンウィークの期間には

    函館駅から特別直行便が運行するのです。


    これがすごく便利なんですね!





    午前7時30分に函館駅前のバス案内所で

    バスカードを買って、

    8時発の「松前さくら号」に乗って松前へGO!





    函館から松前までの道は、ほとんど海沿いを走る228号線です。

    この道は松前街道(福山街道)とも呼ばれていますよ。

    ちょうど新政府軍が通った七重浜沖を眺めながら

    松前に向かうことにもなります。





    函館山の裏側も見えるので、

    140年前の戦いのことを自然と想像してしまいます。

    「あの裏側に新政府軍が上陸して登って来るんだよね〜。

    それで新選組は山を降りてあの辺りの台場に行ってさ〜」

    なんて…


    松前行きのバスより
    松前行きのバスより posted by (C)ルンちゃん
    画面右側が函館山の裏のほうデス^^



    この函館山のながめは、昔も今も

    そんなに変わらない感じです。





    途中木古内駅で休憩を取り、

    海を見ながら2時間半余り、松前に到着です






    松前奉行所跡近くでバスから降りて、

    そこから歩いて搦手門に入ります





    さて、松前といえば桜の名所なのですが、

    五稜郭では咲いていたソメイヨシノ

    ここではほとんど散っていました。





    松前の方が わずかばかり暖かいということでしょうか?





    でも桜木の種類は多くて

    これからまだ中咲き、遅咲きの種類が次々咲くそうです。





    特に「南殿(なでん)」と呼ばれる桜は

    松前を代表する桜でちょうど今(5/4頃)が見ごろですよ。

    遅咲きといわれる「関山(かんざん)」や

    「普賢象(ふげんぞう)」も既に咲いていました。






    松前の桜で有名なのがいくつかありますが、

    代表的なのは光善寺の「血脈桜」です






    この桜には伝説があって、

    本堂修理のためにこの桜を切ろうとした前夜、

    住職の夢枕に女性が立ち、

    「私は明日死ぬ身なので、仏になれるように書付(血脈)を下さい」

    と懇願したそうです。







    住職が明日にしてほしいと言っても聞き入れないので、

    念仏を唱えて血脈を与えました。






    翌朝、切り倒されようとしている桜を住職が見上げたところ

    葉の間に昨夜女性に与えた血脈を見つけ、

    昨日の女性は桜の精だったと合点し、

    伐採を中止し供養したとのことです。






    この桜は推定樹齢が300年以上の「南殿」で、

    これを親木にして松前では「南殿」が多数植えられ、

    松前の代表的な桜木になったのです。


    血脈桜(南殿)
    血脈桜(南殿) posted by (C)ルンちゃん


    松前にはこれ以外にも130種以上の桜があり、

    4月上旬から5月下旬まで観桜することができるのです。





    ところで、松前といえば土方さんが軍を率いて

    やってきたところですよね。





    戦の途中自ら兵を率いて裏手にまわり、はしごを使って

    城内に入り、背後から松前兵を襲い味方を勝利に導きます。





    その城の裏手に桜を見ながら巡ることができます。

    「血脈桜」のある光善寺や戊辰戦争で唯一焼失を逃れた龍雲院

    こちらから行かれます。


    白いタンポポのアップ
    白いタンポポのアップ posted by (C)ルンちゃん
    龍雲院の白いタンポポ^^





    松前の城下は土方軍と松前藩が戦ったとき

    松前藩士が敗退しながら建物に火をかけ、

    その為に町の4分の3が焼失することになり

    古いものはほとんど残っていません。





    それは とても残念なことですね。


    松前城
    松前城 posted by (C)ルンちゃん
    当時の銃弾の跡らしいです



    でも桜がきれいで 海も眺められる

    ステキな美しいご城下ですから、

    機会を作って出かけてみて下さいね。


    松前藩屋敷
    松前藩屋敷 posted by (C)ルンちゃん
    幕末当時の様子を再現した
    松前藩屋敷もあります^^




    ちなみに永倉新八も明治以降、

    杉村を継いだ時に、数年この地に住んでいますよ。

    (今回はその場所には行きませんでしたけど)





    この桜の時期は「桜祭り」も開催され

    とてもにぎやかです。

    昔は城内だった現広場では、

    松前の物産の販売もしています。





    ウニやらまぐろ丼など食べられるのも

    東京もんのルンちゃんには

    とっても嬉しかったです

    ご朱印
    ご朱印 posted by (C)ルンちゃん
    血脈桜のある光善寺と
    白いタンポポが咲く龍雲院のご朱印を頂きました





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    [函館の史跡めぐり] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2008/05/14/10:28][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「歳三忌」レポート ’08

    2008年5月11日の石田寺は、

    想像以上の人の数でしたぁ!!






    朝からの雨模様にもかかわらず、10時過ぎから

    墓参者が次々石田寺に集まってきます。





    結構早くお寺に着いた私は、知人のIさんと早々に列に並び、

    函館の話などしていたのですが、

    読経の始まる11時前にふと後ろを見てびっくり!





    私達の後ろには、例年以上の長蛇の列がっ!!





    これはいつもの倍?

    いいえ もっとかもしれません。





    やはり 土方歳三の命日の5月11日だからなんでしょうか?

    土方さんの人気に、いまさらながら驚いてしまいます。





    それでもご焼香は滞りなく進み、その後は各自

    『土方歳三資料館』に見学に行ったり、

    同日開催の日野市の『新選組まつり』に出かけたり、

    そのまま次の講演会場に向かったりと様々でした。





    私はご一緒したIさんが『新選組のふるさと歴史館』の

    特別展に興味をお持ちだったので、

    そちらへ足を運びました。






    この日は『新選組まつり』の開催もあって、

    『ふるさと歴史館』の前にはお神輿もあり、とてもにぎやかでしたよ。

    もちろん歴史館の入場者も多かったですね。






    午後1時半前に、講演会場の高幡不動尊の信徒会館に着き、

    他の知人や友人達と合流。

    2年ぶりに友人のKちゃんとも会い、互いに再会に喜びあい、

    講演が始まるまでの間 楽しくお話しました





    さて時間となり、永倉新八のご子孫による講演会の始まりです。





    今回の講師である杉村悦郎氏は

    永倉新八のひ孫にあたる方です。






    永倉新八は明治4年1月に松前へ来ています。

    それは松前藩の藩医だった杉村家の婿養子になったからですが、

    なぜ婿養子に? という疑問への悦郎氏の考えから

    講演が始まりました。





    でもこの疑問の確かな答えは、

    実はまだつかめてはいないそうですけど…





    話の中では、明治以降の新八のエピソードが

    いくつか紹介されました。






    例えば、

    ビリケン型(先のとがった形)の電球が

    孫の頭に突き刺さるといけないからとの配慮なのか

    ヤスリを持ってきて先を研ぎ出し電球を壊した話とか






    孫達を木馬に乗せて「ウ〜ンウ〜ン」言いながら坂を上った話、

    夕餉の支度に新八も一緒になって食器の準備をした話など。





    あの新選組の剣豪が!?





    と思うくらい、家族の中で普通に生活していた、

    永倉新八の人柄を感じることができて面白かったです。

    (実際の新八の生活は複雑ですけど…)





    それと共に、幕末とは かけ離れた新しい時代に

    身を置くようになった(身を置くことができた)永倉新八に

    感慨深いものを感じます。

    (杉村悦郎氏も同様なことを話されました)






    1時間程の公演でしたが、

    ご子孫ならではの思いやお話に

    なんだか温かい気持ちになりましたよ。





    また機会があったら

    お話をお聞きしたいですね。





    講演会の後は、恒例のご子孫や作家さん紹介、

    抽選会と続いて会は終わります。

    が、二次会(懇親会)が別会場であるのです。

    もちろん こちらも参加です♪





    今回は二次会の部屋がふたつに分かれ、

    いまひとつ盛り上がりに欠けた気もしますが、

    途中 榎本武揚のご子孫の隣に座ることができ、

    ちゃっかりサインを頂くことができました。

    嬉しい収穫です





    また来月は「総司忌」があります。

    今回あまりお話できなかった方とは 

    次回の再会を約束して、会場を後にしたのでした。





    永倉新八についてはこちらが詳しいです。
    今回の話の一部も載っていますよ

    新選組 永倉新八外伝
    杉村悦郎著・新人物往来社




    その他の永倉新八関連本








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    [「歳三忌」レポ] [トラックバック:0][コメント:9]
  • [2008/05/12/12:48][ ↑ ][ ↓ ]

  • 明日は「歳三忌」です


    「函館探索記」の話の途中ですが、

    明日は「歳三忌」なので、そのお話です。makoto4
    (忙しいな〜^^;)





    5年ぶりに巡ってきた「土方歳三の命日と歳三忌のダブルデー」

    のせいなのか、明日はなんだか 

    にぎやかになりそうな気配です






    1年ぶりとか2年ぶりとかに会う方もいらっしゃいますし、

    先日の「近藤勇忌」で

    あまりお話できなかった方もいらっしゃいます。

    みなさん参加するとのお話を聞きましたので、

    とっても嬉しい1日になりそうです






    そして今回の「歳三忌」講演会の講師は

    永倉新八のご子孫にあたる杉村悦郎氏
    が行います。

    ご子孫だけしか知らない話なども出てきそうで、

    それだけでもワクワクしてしまいますよね!





    こんな機会くらいしか 直にお話は聞けませんので、

    各忌は本当に楽しみなんですよ





    今回もどんな話が出るのか全くわかりませんが、

    しっかりレポートしたいと思いますので

    またご訪問になってみて下さいね。





    明日参加の方は 

    どうぞよろしくお願いします。

    楽しいひと時を 一緒に過ごしましょう。





    それと、当日の飛び入り参加もできますので

    「よし、行こう!」と思いたった方は

    午前11時に日野の石田寺
    に来てみて下さいね。     makoto2

    (参加の仕方がわからない時は、現場の人に聞けば大抵は教えてくれますョ)





    詳細はこちら
    → 2008年「歳三忌」のお知らせ




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    [新選組] [トラックバック:0][コメント:6]
  • [2008/05/10/10:40][ ↑ ][ ↓ ]

  • 函館探索記.1 〜五稜郭編〜

    こんにちは〜

    函館から無事帰ってきました♪




    留守中はランキング応援ありがとうございました

    おかげさまで、順位も落ちることなく過ごせたみたいです。

    これもひとえに皆様の応援のおかげですね!!(感涙)





    そのお礼といってはなんですが、

    いろいろ面白い情報を仕入れてきましたので、

    しばらくの間 『函館探索記』としてお楽しみ下さいね





    では最初は 『五稜郭編』です。





    今年の五稜郭の桜は既に4月28日に満開を向かえ、

    5月に入ってからの連休には葉桜になっているものと思いつつも

    わずかな望みをたくしながら、五稜郭に行ってみました。





    まず五稜郭タワーの展望台から

    公園内を確認してみることに。





    最初 遠くてわかりにくかったのですが、

    よく見るとまだ充分な花つきの桜がたくさんありました。

    やったー!

    どうやら五稜郭の桜に間に合ったみたいです


    五稜郭の桜
    五稜郭の桜 posted by (C)ルンちゃん


    展望台からは八方の様子が見え、

    少し もやがかかった函館山や、

    函館空港や湯の川温泉地などが一通り見えました。





    天気が悪いと無理ですが、

    これなら夜景も見られそうです。

    (実際にその夜見に行きました^^)





    展望台を降りると

    昨年完成した「アトリウム」というガラス張りの広場に着きます。





    その広場に土方さんのブロンズ像が立っています。


    2年前に来たときは、タワー横の駐車場脇にありましたが、

    アトリウム完成と同時にこの場所に移されたようです。






    ここなら風雨にさらされることなく過ごせますね。

    それに今の季節、桜をバックにした土方さんに会えます。

    これがなかなか趣(おもむき)があっていいのです


    桜に洋装のシルエット
    桜に洋装のシルエット posted by (C)ルンちゃん


    観光客が次々土方さんとツーショットを撮っていきます。

    人気者なんですよね、土方さん。

    (榎本さんの銅像も近くにあるらしいけど…^^;)





    この広場でのおすすめは売店のソフトクリームですよ♪


    ここのソフトは「牛乳ソフト」で濃厚な味なのに

    そんなに甘くなく さっぱりしています





    以前、函館に来て

    「牛乳ソフト」の美味しさに目覚めたのですが、

    東京ではまだこの味に出会えません。

    また、函館でも他の場所では味わえません。





    今のところ「これだ!」って言えるのは

    「湯の川温泉ホテル内」と、この「五稜郭」だけです。

    五稜郭に来たときは、是非味わってみて下さいね。





    東京はもう藤の花が散りかけているというのに、

    五稜郭の藤はまだまだ堅いつぼみのまま。

    花の様子で北の地ということを感じることができますね。





    五稜郭の門を入って少し歩いたところに

    武田斐三郎(あやさぶろう)さんの顕彰碑があります。

    この五稜郭を作った方です。





    斐三郎さんはすごく頭の良い方だったそうですよ。

    それで、斐三郎さんにあやかろうと

    みんなが像の頭を触っていくうちに

    とうとう頭が金色に光ってしまいました



    武田斐三郎顕彰碑
    武田斐三郎顕彰碑 posted by (C)ルンちゃん




    以前は頭だけだったのに

    今では顔まで金ピカリンです。

    いったいどこまで金ピカになるのやら〜。





    2年後の完成に向けて、今五稜郭では

    箱館奉行所の復元工事が進められています。






    それに並行して兵糧庫もきれいに補修されました。

    桜とのコントラストがとてもきれいですね。


    兵糧庫と桜
    兵糧庫と桜 posted by (C)ルンちゃん


    復元工事現場には大きな覆いが組み立てられていました。

    思った以上の大きさにビックリします


    箱館奉行所復元工事現場
    箱館奉行所復元工事現場 posted by (C)ルンちゃん


    箱館奉行所はご存知の通り、明治元年から2年の5月まで

    榎本武揚率いる旧幕府脱走軍が占拠し使用していた建物です。






    彼らが降伏した後、使用されることはなく、

    明治4年に北海道開拓使本庁の札幌移転の際

    材木提供のため解体され、その大部分が民間に払い下げられ

    現在はなにもありません。






    それでも礎などの跡は残っているそうで、

    それらの調査と資料を元に

    今回建物が忠実に再現されるようです。





    当時の建物の一部、入口だけ残されていますが、

    それは今回の復元の際、使用されるそうです。

    どんな風になるのかとても楽しみ〜





    外から内部は全く見られませんが、

    今どのくらいまで工事が進んでいるのでしょうか?





    2年後まではその様子はお預けでしょうが、

    完成のあかつきには、是非箱館奉行所見学に訪れたいものです。


    五稜郭のお堀 高台からタワーを望む
    五稜郭のお堀 高台からタワーを望む posted by (C)ルンちゃん


    桜はもう終わりかけているものの一応満開のなか、

    公園内をめぐってたっぷり桜を堪能できました。

    とりあえずは私の目的の

    「五稜郭の桜」が見られたので満足です






    が、 これで終わりじゃありません!

    まだまだ続く函館の旅なのです。

                           次回へ…

               五稜郭の桜
    五稜郭の桜 posted by (C)ルンちゃん




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    [函館の史跡めぐり] [トラックバック:0][コメント:12]
  • [2008/05/08/09:54][ ↑ ][ ↓ ]

  • 只今、旅に出ております^^

    ご訪問者様へ


    いつも『多摩人(たまびと)漫遊記』にご訪問頂き ありがとうございます


    ただいま管理人ルンちゃんは、函館探索にでかけております

    しばらくの間、記事アップはお休みとなりますが、

    あなた様に役立つ情報をしっかり仕入れてくるつもりですので

    しばらくの間お待ち下さいね





    もしできましたら、留守中も

    ランキング応援を「ポチッ」としていただけると うれしいです

    帰ってきたとき、きっとルンちゃんは感涙します。



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    どうぞよろしくお願いします

    尚、次回の更新は5月8日頃の予定です。       管理人ルンちゃん

    [ごあいさつ] [トラックバック:0][コメント:7]
  • [2008/05/02/22:24][ ↑ ][ ↓ ]

  • 五稜郭の桜


    今でこそ 桜の名所として有名な五稜郭の桜ですが、

    土方さんたちがいた頃には、まだ桜はありませんでしたよ。

    赤松は当時の頃からあったらしいですけどね…





    1913(大正2)年、

    陸運省から「五稜郭を公園として使ってよし

    というお達しがあり、当時の函館区は、

    翌年の大正3年6月13日から公園として一般開放しました。






    その時、函館毎日新聞社が

    自社の創刊1万号を記念して桜の植樹を始めたのが、

    五稜郭に桜が見られるようになった始まりです





    その植樹は大正12年まで続けられ、

    1万本の桜
    が植えられたそうです。

    当時の写真を見ると八方に植えられた桜の木と

    その下でお花見をする人々のにぎやかな様子が見られます。






    一面に桜木が植わっているので、現在以上のにぎやかさですよ。

    歴史が変わって、市民の憩いの場になったのがよくわかります。





    植樹がされていた、その間には

    大正11年に史跡指定
    され函館市に管理が移されたり、

    昭和27年には特別史跡に指定
    されたりして、今日に至っています。






    その桜の木々も枯死したり、補植されたりしましたが、

    昭和40年代頃は3000本に減り、

    平成の現在ではソメイヨシノをメインに

    約1600本となっています。






    桜の満開は毎年ちょうど

    ゴールデンウィークの頃になるのですが、

    今年は4月28日に既に満開です






    2年前のゴールデンウィークには

    例年より1週間も開花が遅れて、5月3日には

    ひとつふたつくらいしか花は見られませんでした





    どこの桜も、いざ花見となると

    時期が読めず難しいですね。

    (行くまで散らずにいて〜





    ところで、土方さんたちは

    五稜郭内で桜を見ることはなかったと思いますが、

    どこかで山桜は見たのでしょうか?





    ちょうど今、五稜郭内で「箱館奉行所」が復元工事中ですが、

    完成したらそこから桜は見られるかしら?





    彼らは見ることのなかった五稜郭の桜ですが、

    みなさんは行く機会をつくって

    是非、奉行所からの桜を味わってみて下さいね。







    ※今年の五稜郭の桜はこちらで見ることができます。
     よろしかったら北国の春を味わってみて下さいね


    五稜郭タワーHP
    ⇒ 五稜郭の桜




    参考書籍:五稜郭物語/北海道新聞函館支社編




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  • [2008/05/01/10:45][ ↑ ][ ↓ ]

  • 史跡めぐりに最適なのは?

    もうすぐ5月になりますね。

    この季節は史跡めぐりに最適ですよね!




    ルンちゃんは新選組の史跡めぐりにもよく出かけますが、

    趣味も「街道ウォーキング」なもので、

    1年中神社やお寺には出かけています





    その1年中歩いてみて感じたのが、

    この季節のすばらしさなんですよ。





    何しろ新緑のまばゆい季節ですし、

    寒くもなく、暑くもなく

    そしてまだ蚊の被害もほとんどありませんからね。 ←一番の理由はこれ!





    多摩には新選組隊士ゆかりの場所が

    いくつもあります。





    近藤勇の生家があった調布でしょ、

    それからお墓のある 三鷹の龍源寺

    大国魂神社
    高幡不動尊

    土方歳三や井上源三郎の生家や

    菩提寺の石田寺宝泉寺





    近藤、土方、沖田、井上ら

    新選組幹部のゆかりの地はもちろんですが、

    中嶋登や松本捨助、斉藤一諾斎、横倉甚五郎ら

    隊士のゆかりの場所もいろいろあるんですよ





    1日で見て回るのは到底無理ですけど、

    遠方の方はある程度目標を決めて、

    そして近郊の方は気が向いたところを数回に分けて、

    新緑の多摩の史跡めぐりをしてみては如何でしょうか?





    きっとね、彼らを身近に感じることができて、

    気に入って頂けることと思います




    その史跡めぐりのときにすごく重宝するのが

    ふぃーるどわーく多摩 ―新選組を訪ねる本―です。





    以前にもご紹介しましたが、

    新選組研究サークル「歳月堂」さんの本ですよ。

    新選組ファンのための史跡めぐりの本
    なんです。





    今お話した場所はすべて載っていますし、

    それ以外の「えっ、こんな所まで?!」

    っていうものまでありますよ




    しかもバス路線やバス停乗り場、時間までしっかり書いてあるので、

    地元に密着しての史跡めぐりができるのです。

    (お財布にだって優しいし…)





    ここまで新選組ファンのために書かれたガイドブックなんて

    どこの書店にいっても見ることはできませんよね!




    それでいて1冊700円なんですよ(送料は別ね)

    コンパクトなハンドタイプで持ち運びも楽なんです。





    史跡めぐりを考えている方は、

    是非、お出かけ前にこの本を手に入れてくださいね。

    きっとあなたのお役に立つと思います。




    ちなみに、この本は書店では購入できませんので、

    お求めは「歳月堂」さんのHPでお願いしますね。




    詳細はこちらです。
    → 「歳月堂」




    どうぞ新緑の多摩にいらして下さいね〜。

    なにかわからないことがあったら、

    お気軽にルンちゃんに聞いてみてください。
    (秘密のコメントでもいいですよ〜)




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  • [2008/04/28/15:28][ ↑ ][ ↓ ]

  • 近藤勇の命日によせて

    今日は近藤勇の命日です。

    亡くなってからちょうど140年の節目です。





    下総流山で「大久保大和」の名で新政府軍に投降した近藤は、

    結局その正体を知られてしまい、再び土方に会うこともなく

    1868(慶応4)年4月25日に板橋で処刑されました。





    その話はみなさんの知るところですよね。





    最期の日までの間は、途中預かりが変わるものの

    最終的には旗本岡田家の預かりとなり

    残り少ないわずかな時を、近藤は静かに過ごすのです。





    近藤勇の太刀取りをした人物(つまり斬首を執行した者)として、

    最近、横倉喜三次(きそうじ)の名前をよく聞くようになりました。





    ちょうど大河ドラマ「新選組!」放映の年に、

    喜三次のご子孫の家から

    近藤と喜三次にまつわる手紙が見つかったことから

    その名前が知られるようになったように思われます。

    (新聞にも載りました)





    その横倉喜三次は近藤が預けられていた岡田家の家来で

    神道無念流の免許皆伝者であり、他に小野派一刀流・槍術・柔術等の

    武術に秀でた方でした。

    その腕を見込まれての近藤の太刀取りだったのでしょう。





    岡田家に近藤が預けられている間、

    何度か近藤にも会っていたようで、

    命令が下ったときにも近藤の元へ出向いています。





    武術の心得のあるものどうし、ある意味心通じるものがあり、

    近藤も安心してわが身を任せられたのではないかと推察できます。




    喜三次の方でも近藤の人柄に触れ、

    近藤を一人の幕臣として一目置いていたようにも感じます。





    実は喜三次は近藤の太刀取りをした褒美に

    いくらかの金子を貰っているのですが、

    その金子を全額(五両三分)

    自宅のある岐阜県揖斐川町に送り、

    妻に近藤勇の法要を行わせているのです。
    (実際には近藤ともう一人の為のもの)





    岡田家の菩提寺の松林寺や

    横倉家の菩提寺の大興寺の僧侶ら6人により執り行われた

    ということですから、さぞかし立派な法会だったと思われます。





    勇の最期に立ち会った程のわずかの縁の人物が

    こうした法要を行ったことは意外な気がしますが、

    個人的には嬉しい出来事に思います。





    でもこの話はあまり知られていなくて

    ご存知ない方も多いかもしれませんね。
    (もっとたくさんの方に知ってもらいたいです^^)





    140年の昔も、そして今も

    亡き魂への思いはひとつです。




    近藤先生の御霊が安らかであることを

    願うばかりです。     合掌






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  • [2008/04/25/14:56][ ↑ ][ ↓ ]

  • 相馬主計『贈友談話』のこと

    日野市立新選組のふるさと歴史館で行われている

    特別展「新選組 戊辰戦争のなかで」展の展示品が

    一部入れ替わったというので再び見に行ってきました




    ちなみに前回の話はこちらです。

    ⇒ 過去記事 「新発見!相馬主計の手記」




    前回の記事でご紹介した土方歳三の手紙

    相馬主計の手記「贈友談話」


    引き続き展示されていましたが、

    全体的には薩摩関係資料が目立った感じでした。





    その中には今大河ドラマ『篤姫』にも登場している

    小松帯刀(肝付尚五郎)の書状もありましたよ。




    町田民部宛の書状で

    「禁門の変」直前に書かれたものだそうです。




    黒田清隆の内閣総理大臣の辞令書など

    黒田関連の書簡も多数ありましたので、

    薩摩関係に興味のある方には嬉しいかもしれませんね。





    そんななかで沖田総司に関する風評がひとつ!





    伏見街道で沖田が即死したという話が

    巷でささやかれたらしい…





    「上書・建白書並び風説書留」に書いてあるのですが、

    どこをどう間違えて近藤から沖田、怪我が即死になるのでしょう。

    また、そんなものが文面で残っているのも面白いですよね






    さて、相馬主計の『贈友談話』ですが、

    中身の詳細がやっとわかりました。





    新選組のふるさと歴史館で今回の展の詳細が書かれている

    「日野市立新選組のふるさと歴史館叢書く 第三輯」が

    販売されたのです。




    そちらに全ページの写真と翻刻文が載っています。




    中身のことを詳しく書くと

    「転載禁止」に触れてしまいそうで

    あまり多くのことはいえないのですが、

    『贈友談話』によっていくつかの不明瞭な部分が

    多少なりともわかったと思います。






    例えば相馬主計は箱館戦争後に後始末のために

    新選組の隊長に選ばれたというわけでもなく、

    箱館へ渡る前から、

    別隊を率いることができるほど優秀な人物であったこと。





    そして、相馬主計だけが新島へ流された理由などです。





    反対に疑問がより一層強くなったのは

    切腹についてでした。





    相馬主計は新島から戻った後、自ら命を絶つのですが、

    『贈友談話』には自らの命があることに

    喜びと感謝の念すら抱いているのですよね。

    それなのになぜ切腹してしまったのでしょうか?




    その辺りの疑問を解消すべく、

    もっとじっくり読みかえしてみようと思います。





    「日野市立新選組のふるさと歴史館叢書く 第三輯」は

    新選組ふるさと歴史館で入手できます。

    特別展に行く時に確認してみて下さいね。


    ⇒ 日野市立新選組のふるさと歴史館HP





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    [『特別展』レポート] [トラックバック:0][コメント:0]
  • [2008/04/23/14:19][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組のG-SHOCK


    「新選組検索をしていると、

    面白いものにたどり着くことがある」


    という話をお伝えしましたよね!






    そのひとつが「新選組占い」だったわけですけど

    あれはなかなか楽しめましたよね〜

    あなたも楽しんでいただけましたか?




    まだ知らない方はこちらですよ^^

    ⇒ 新選組占い





    そのとき、他にも面白いものがあったのですけど

    そのひとつがこちらなんですよ。




    新選組G-SHOCK





    大河ドラマ「新選組!」放映のときには、

    思いもつかないような品物が

    多数販売されていたのを覚えています。





    私が確認したものでも、

    1振り40万円以上もする「和泉守兼定」の摸造刀でしょ、

    それから8万円くらいの近藤や土方のブロンズ像

    というのもありましたね。





    「G-SHOCKもその当時のものかな?」

    と思ってサイトを見たら、

    なんとこちらは 今販売中のものだったんですよ!





    G-SHOCKって一時爆発的なブームになりましたよね。

    実はそのとき、ひとつくらいは欲しいな〜なんて思ったのです。

    でも、いつのまにか見なくなってしまいましたよね。





    そんな思いが今も心の隅にあったので、

    新選組のG-SHOCK
    と聞いて、ちょっと興味が湧いたんです^^





    それで調べてみたところ…





    出処は京都の幕末維新ミュージアム「霊山歴史館」みたいです。

    G-SHOCKの25周年の企画と

    「霊山歴史館」とのコラボレーションだそうです。





    G-SHOCKのベースモデルは人気のDW-5600型。

    黒地の本体とベルトに、

    新選組の袖印に似せたダンダラ模様が入っています。





    そして何より楽しいのが、

    ELバックライトに「誠」の文字が 浮かび上がってくるのですよ〜





    裏蓋にはG-SHOCK25周年記念ロゴも刻印されているので、

    G-SHOCK好きな方には嬉しいかなとも思います。





    しかし、「霊山歴史館」さん 

    いろいろなことしますよね。





    最近創作されミュージアムに展示されている

    「沖田総司」の像といい、

    「誠」とG-SHOCKをコラボさせちゃうことといい、

    このバイタリティさには脱帽します。

    (少し見習わないといけないな…)





    さて、このG-SHOCKの購入なんですけど…




    私の日頃の性格としては

    「迷ったら買わない!」がモットーです。

    洋服でも化粧品でも即決で買うか

    迷って買わないかのどちらかです。





    でもね〜、こと新選組に関してはそれが効かなくて〜

    「迷ったら買う」ことにしています




    なぜなら、今まで新選組関連のもので、

    迷って買わずに後悔したことは幾つもあるのに、

    迷って買って後悔したことは全くないのです。





    ですから、いつしか新選組関連のものは

    「迷ったら買う」ことに決めてしまったようなんです。

    もう ある意味病気でしょうかね、しかたないです^^;





    このG-SHOCKについては……迷っています^^;




    いつもなら「迷ったら買う」で即決なんですが、

    今回はそうもいかなくなりました^^;

    だって5月の函館旅行が控えてますからね^^;

    きっと旅行では、買い物しまくると思います。






    なにしろ、美味しいものが沢山ある函館ですよ。

    それに新選組グッズだってたくさんあるし。

    だから今はなるべくお金を使いたくないのが本音です。





    というわけで、今は買えないけど

    忘れないようにバナーだけは貼っておくことにしました。
    (左サイトにあります)




    どんなG-SHOCKか見たい方は

    覗いてみてくださいね。




    新選組G-SHOCK





    ちなみに1000個限定です。

    函館から帰るまで残っているかな〜^^;





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    [新選組グッズ] [トラックバック:0][コメント:11]
  • [2008/04/21/13:25][ ↑ ][ ↓ ]

  • 多摩にもあります「清水寺」

    ルンちゃんは多摩に住んでいるおかげもあって

    新選組(というか近藤勇ら)関連の場所によく行きます




    それは最初から地図を調べて計画を立てて

    「よし、行こう!」

    なんて意気込んで行くこともあるのですが、

    偶然導かれて訪問することもあるのですよ。





    以前ご紹介した、斎藤一諾斎のお寺「保井寺」のときもそうでした。

    沖田さんご子孫宅を見つけたのも、小島資料館をみつけたのも偶然なんです。


    ⇒ 過去記事





    ところで以前、仕事の都合で町田の相原・小山方面を回ったとき、

    無性に気になるお寺がありました





    その場所は初めて行く場所だし、名前もよくある名前だし、

    気にすることもないはずなのに、おかしいですよね。





    でも、後でその名前のお寺に

    天然理心流の関連碑
    があることを発見しました。

    気になったのは、たぶん以前何かでその名前を知って

    潜在的に覚えていたからだと思うのですけどね。





    ただ住所はチェックしていなかったので、

    その場所が本当に該当の地なのかはわかりませんでしたが、

    心の中では「きっとそこだな」って確信していたのです





    それで、先日ふと思い立って

    自分の確信が正しいかどうか、その場所に行ってみることにしました。





    駐車場に車を止め、敷地内に入ると真新しい建物がありました。

    それが本堂なのかと思うとそうではなさそうで。





    建物を通り過ぎ反対側の場所に立ってチョッとびっくり。

    狭い敷地だと思っていた境内のなんと奥行きの深いこと!


    080414-3
    080416-3 posted by (C)ルンちゃん
    上から見たところ
    なかなかの奥行きですよね





    階段を登り中腹には建物がありましたが、そこは通り過ぎ

    導かれるように最上階に進みます。

    その最上階には「観音堂」と呼ばれるお堂がありました。






    趣味のウォーキングでお寺や神社は多数見ているのですけど

    この時見たお堂は柱まで彫刻が施された、

    めったに見ることのない位手の込んだすばらしいものだったのです。






    思いもしない所でこんな立派な彫刻が見られただけでも

    来た甲斐があったなと思いましたよ。






    そして、肝心なものはですね…


    もちろんありましたよ!






    案内看板もなにもありませんでしたが、

    迷うことなく目的のものにたどり着きました。
    (お導き下さった方々、ありがとうございます






    この場所は東京都町田市相原町の「清水寺」です。

    「せいすいじ」と読みます。

    そしてこの碑は「近藤先生碑」という

    天然理心流二代目近藤三助の慰霊碑
    なのです。

    080414-1
    080416-1 posted by (C)ルンちゃん



    後日調べてみたところ、

    この碑は幕末の頃、当時地元の名主であった

    青木勘次郎易道が中心になって建てたものだそうです。





    三助の七回忌のときに建てられました。

    台座には53人の名が連なっていますが、

    中には近藤勇の義父、近藤周助の名もあるようです。





    実際に見てみると碑はかなり痛んでいて、

    全面の字は読みづらくなっています。

    それでも裏面には近藤内蔵助や三助の文字を確認することができますよ。


    080414-2
    080416-2 posted by (C)ルンちゃん


    清水寺は表からみると新しい感じに見えますが、

    実際足を踏み入れると幻想的な雰囲気も兼ね備えた不思議な空間です。

    是非、また行ってみたいですね。





    こんな感じで、偶然発見した場所がまだあるのです。

    そのうち機会を見つけて訪れようと思う ルンちゃんです




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    [史跡めぐりレポート] [トラックバック:0][コメント:0]
  • [2008/04/17/11:50][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「勇忌」レポート



    2008(平成20)年4月13日

    流山にて「勇忌」が行われました






    午後1時半。

    長流寺
    にて勇法要の読経が始まります。

    ご住職の読経の中、近藤勇ご子孫宮川清蔵氏、

    流山市長の焼香から始まり、

    ご子孫の方々が次々とご焼香されていきます。





    ちなみに今回ご出席されたのは

    近藤勇、土方歳三、井上源三郎、佐藤彦五郎、

    榎本武揚(箱館政府総裁)

    濱口興右衛門(咸臨丸乗組員)  

    のご子孫の皆様です。





    その後に参列者のご焼香が行われ、

    30分余りの法要は厳かに進められていきました。





    寺の本堂から退出すると、

    みなそれぞれ次の会場に向かいます。

    商工会議所だった会場が都合により変更され、

    本日は福祉会館での講演となりました。





    この日は春だというのに冬に逆戻りしたような寒さで、

    第1回目と同じ寒い体育館での講演だったら

    我慢できないな、どうしようと思ったのですが、

    福祉会館の畳敷きの会場は暖かく、

    話に集中することができました






    2時半。

    最初に天然理心流の演武がありました。

    宗家9代目の宮川清蔵氏と

    井上源三郎ご子孫井上雅雄氏による理心流の演武。





    あの太い木刀を使用しての型の披露です。





    若い方の演武もあり、

    こちらはスピードと力にあふれた

    とても迫力のあるものでした。





    また実戦さながらの技の披露は

    理心流が戦場において実用的なものだ

    ということが実感できます。





    演武が終わると

    いよいよ土方愛さんの講演です。

    土方愛さんは歳三兄より6代目にあたる方です。





    今回は、著書「子孫が語る土方歳三」を執筆されてから

    今までにご体験された不思議な縁(えにし)について

    話されました。





    例えば今、土方歳三資料館で

    「中里介山の描いた近藤勇像」を展示されていますが、

    その絵が土方家に来たいきさつなどのお話です。





    ちなみに中里介山とは多摩出身の

    あの長編小説『大菩薩峠』を書いた作家です。

    近藤や土方も登場しますが、

    すごく長いお話なので私はまだ読まずにいます。

    でもいつか読んでみたいですね






    その絵は介山の友人宅から見つかり、

    今は資料館にあるのです。

    (資料館訪問の際には是非見たいです)





    多摩に生まれた介山にとって

    近藤勇は明治政府の言うような逆賊ではなく

    ふるさとの英雄なんですよね。






    そんな思いが

    同じ多摩人の私にも共感できて

    胸温まるものがありました。






    『大菩薩峠』にも登場する裏宿七兵衛と

    新選組隊士であり多摩出身(?)の萬田川蔵との

    縁についても、愛さんは不思議なめぐりあわせを

    感じていらっしゃいます。(長くなるので割愛しますけど)






    ちょっと抽象的なので解かりづらいですけど、

    つまりは知らず知らず、なにかしら

    引き寄せられる事柄がいくつかあって、

    後で考えてみるとそれらがすべてつながっていたという、

    「縁」のお話なのです。





    そういうことって

    身近で体験することありませんか?

    私はありますよ〜。

    特に新選組については結構頻繁にありますね





    さて、最近そんな縁にまつわって

    驚くような発見があったのですよ!


    その話は井上源三郎のご子孫

    井上雅雄氏からありました。





    実は今までその場所が不明だった

    井上源三郎の首級の埋葬地がほぼ断定できたのです!





    この情報を私は3月に入手して、

    井上氏からもお話を伺い確認していたのですが、

    まだ新聞等の公表がされていなかったので、

    こちらでのお話は控えさせて頂きました。





    でも先日新聞でも発表され、昨日はご本人からのお話もあり、

    「井上源三郎資料館」の新設されたHPでも、

    詳細が公開されましたので、

    やっとお伝えすることができます





    詳細については、新聞記事と
    当事者の方々のホームページ・ブログにてご確認下さいね。


    ⇒ 東京新聞関連記事

    ⇒ 井上源三郎資料館HP

    ⇒ 土方歳三資料館日記

    ⇒ 日野宿本陣文書検討会





    今年も勇忌の法要から

    関東地区の新選組行事が始まったわけですが、

    近藤・沖田・井上永眠の年から140年、

    戊辰戦争・会津戦争から140年というこの節目の年には、

    まだまだ一言で語ることができない

    縁(えにし)がたくさんありそうな予感です






    「勇忌」二次会でもご子孫の方のお話を聞いたり、

    新ネタの話が出たりしたのですが(こちらでも縁の話が頻繁に出ました)

    まだ出せない事柄もあるので、こちらはまたの機会に…^^






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    [「勇忌」レポ] [トラックバック:0][コメント:8]
  • [2008/04/15/10:00][ ↑ ][ ↓ ]

  • 明日は「近藤勇忌」です

    今年も「勇忌」の季節になりました^^

    今回は第5回目になります。





    流山は1年ぶりの訪問です。

    たぶん「柳家」さんに立ち寄って、

    勇弁当
    を食べてゆっくりお寺へ行くという

    いつものルンちゃんの行動パターンです

    ⇒ 「柳家」さんとは? 過去記事





    第1回目はすごく寒い雨の日だったのですが、

    明日はどんなものでしょうね?

    雨が降るともいいますし… 




    お寺でのお焼香の後、講演会でお話されるのは

    土方歳三(土方家)ご子孫の土方愛さんです





    著書「子孫が語る土方歳三」の

    その後のエピソードなどをお話なさるようです。





    でも私の楽しみはそれだけではなく、

    最近登場した新資料等の確認!

    みんな新選組が大好きな方々ですからね〜。

    情報をいっぱい持っているのです




    というわけで、明日おいでの皆様

    どうぞよろしくお願いします





    お出かけになれない方は、

    またレポートを載せますので、そちらをお待ち下さいね。 




    勇忌のお知らせはこちらです。
    当日でも参加できます。


    → 2008年「勇忌」のお知らせ





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    [「勇忌」レポ] [トラックバック:0][コメント:6]
  • [2008/04/12/17:36][ ↑ ][ ↓ ]

  • 無 頼

    今日はコミックのお話です



    無頼/岩崎 陽子著・角川書店





    題名の由来は『無頼漢』の意味だと思うのですが、

    絵柄は少女コミックらしく とても繊細なタッチです。

    題名と絵柄にすごくギャップがありますね。






    でも、なにより驚くのは美形キャラの多さですよ(笑)

    それは半端じゃありません!

    土方さんが美形なのはもちろんのこと、試衛館メンバーも

    芹沢鴨や新見錦もほとんどが端整な顔立ちなのです。





    そのため最初に読んだ時は、

    誰が誰だか識別するのにとても苦労しました。

    途中、疲れるので読むのをやめようかと思ったくらいです






    それでもやめなかったのは、登場する彼らが

    すごく魅力的に描かれていたからでしょうね。





    主人公は 斉藤一
    (もちろん美形^^)





    ここに登場する斉藤さんは、真面目すぎるほどまじめで

    そのため いつも貧乏くじを引いてしまう青年です。

    というより、試衛館連中が要領よすぎるのかもしれません。





    でも気が弱いわけではなく、いつでも置かれた状況に

    ためらうことなく、果敢に立ち向かっていきます。

    どちらかというと一匹狼という感じですね






    その、人と深く関わりたがらない斉藤が、

    試衛館の連中とともに怪事件に巻き込まれるうちに

    いつしか彼らといるのが心地よくなって

    同じ方向に歩き始めていくのです。





    特に沖田総司とは剣でも、行動でもすごく気があうのですが、

    信頼しあうまでには誤解があったり、敬遠したり

    本気でけんかしたりと紆余曲折があるわけです





    また土方とも誤解があるのですが、

    だんだんと土方の真の部分がわかってくるに従い、

    最後まで彼の生き様を見てみたいと斉藤は思い始めます。
    (土方さんがまたいいキャラなんです^^)





    他の試衛館メンバーとの絡みも小気味よく

    彼らの台詞や行動が場を盛り上げてくれてますよ。

    その辺は読んで実際に感じてくださいね。





    オカルト大好きな作者の岩崎陽子先生は、

    新選組での有名な史実とオカルトを上手くミックスし、

    他では見ないオリジナリティーあふれる新選組を作り上げています。

    ですから新選組を知らない方でも、充分楽しめる作品になっていますよ





    ストーリー的には、芹沢鴨暗殺あたりまで。

    そして斉藤の未来の奥方、時尾どのも登場します(笑)






    ちなみに、無頼には続編『無頼/魔都覚醒』があって、

    池田屋騒動あたりが描かれています。





    こちらは沖田総司がすごくカッコいいです


    『静寂でいながら激しさもあわせ持つ、桜花(はな)のような剣』



    をみせてくれますよ(笑)





    沖田は己の病に気付き、

    斉藤は沖田の命があとわずかなことを知ってしまいます。





    このあとの彼らの生き様がどうなったか。

    じつはそこまでで、今物語は止まっています。

    その先が読みたいと思っているのですけどね。

    再開して欲しいところです。






    無頼/岩崎 陽子著・角川書店

    こちらは文庫本3巻。沖田と斉藤が表紙です^^





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  • [2008/04/11/13:41][ ↑ ][